与太郎文庫
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1906年01月01日(月)  丙午の女 〜 川端 康成の女たち 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19060101
 
 「丙午生まれ」を、つぎの年月に分割する。
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19060101
 丙午の女 〜 川端 康成の女たち 〜 (1906以前の新暦)
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19060125
 丙午の女たち(1906以前)旧暦元日を含む
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19060714
 丙午の女 〜 永井 荷風の女たち 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19650714
 丙午の女たち(推定1965以後の誕生日不詳)
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19660714
 丙午の女たち(1966以後)
 
 ◆ 丙午の女 〜 処女作の女 〜
 
── 彼女の父の承諾を得ようと東北の町へ行くと、その町始ずって以
来の腸チブスの恐ろしい流行で小学校は休んでいた。上野駅へ帰ると、
原敬が東京駅で暗殺者れた号外だった。原敬の夫人の生れ故郷はちよ子
の父の町だ。
「私の家の前の傘屋の娘さんが店の若い男の人と恋し合っていましたが、
一月ばかり前その男の人が死んでからは、娘さんはだんだん男の人のロ
真似をするようになり気が狂って昨日死にました。」と、ちよ子は手紙
に書いて来た。岐阜市の中学生六名と女学生六名とが一団となクて、破
天荒の大駆落ちをやった。彼女を迎えるつもりで借りた部屋へ引越して
行くと家の人が夕軸を見せてくれたが、横浜扇町のちよ子が丙午生れを
悲観して自殺し、巣鴨で千代太郎が自殺していた。僕の部屋の床間に飾
ってあった日本刀をぎらりと抜いてみると、僕はばらばら落ちた岩男の
娘の指を思い出した。岐阜に六十年来の大雪が降った。それからそれか
ら──。
 そんなことが重なれば重なるだけ僕の恋心は激しくなったんだが、
ちよ子が逃げてしまった。
 けれども、彼女が東京に来てカフェに出ると、そこはカフェを荒し廻
っていた暴力団の刃傷沙汰の中心になってしまった。僕はそのカフェに
通って、斬られて血を流したり、投げられて骨を挫いたり、首を締めら
れて気絶したりする者達を、平然と眺めていた。ちよ子はぼんやり立っ
ていた。それから彼女は三度も三度も僕の眼から姿を消して、また不思
議に二度も三度も居所が知れた。
 二三年後の大地震の時も、東京市の半ばが炎の津浪に呑まれているの
を見ると、第一番に、「ああ、ちよはどこへ逃げた。」と思って、水筒
とビスケットの紙袋をぶら下げ、一週間も荒れ果てた街を歩いていたが、
本郷区役所の門に、
「佐山ちよよ。市外淀橋柏木三七一井上方に来れ、加藤。」と書いた貼
紙を見つけると、じいんと足が重くなって、そこへしゃがんでしまった。
 佐山ちよが見えなくなってから今年は三年目、秋から冬にかけて伊豆
の山に暮しているんだが、土地の人が僕に細君を世話しょうと言って来
た。東京の文光学圃高等部在学の才媛。上品で十人並な顔立ち。美しい
眼。利発。素直。製紙会社課長の長女。丙午生れの二十一。佐山ちよ子。
「丙午の佐山ちよ子!」
「ええ、佐山ちよ子。」
「貰います。貰いますとも。」
 その二三日後に東京の友人から、佐山ちよがまたカフェに現われたと
言って来た。
「ちよ子今や齢二十一にして、頼やや太り、丈高く、一個の美しき女王
の如し。君よ、都に出でて再び彼女と戦う勇気なきや。」
 それから、彼女が僕の一つしかない短篇小説集を読んでこう言ったと
か、僕の一つしかないシナリオの映画を見てああ言ったとか、僕を盛ん
に煽動してから附け加えた。
「私は一生不幸なのだわ。と彼女は言っている。」
 不幸なのはあたり前だ。彼女も僕の処女作に崇られているんだ。
 また、一週間程してこの山へ来た新進作家はいきなり言った。
「初恋の人が見つかったという噂だから、あなたはもう東京へ乗り込ん
だと思っていました。
── 川端 康成《掌の小説:処女作の祟り 19720720 新潮文庫》P170-171
 


 原 敬 安政03.0209(丙辰)18560315 盛岡 19211104 65 /暗殺19180929首相19/
 永井 荷風  明治12(己卯)18791203 東京 19590430 79 /1936(58)大江 匡
♀□□ □□  明治39(丙午)19060714 □□ 19‥‥‥ ? /1936(31)
────────────────────────────────
♀佐山 ちよ子 明治39(丙午)1906‥‥ 東京 19‥‥‥ ? /1926(21)
 東京の文光学圃高等部在学。製紙会社課長の長女。
 川端 康成  明治32(己亥)18990611 大阪 19720416 72 /ガス自殺/18990614〜朝

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19720416
 古都の一見客 〜 すれちがった老人 〜
 
(20061219)


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