にっき
nagi

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それから何時間後かのこと。

目が覚めると、イスにKさんが座っていた。

確か、

ここがどこかわかる? と聞かれた気がする。

「D病院?」

 そう、とKさん。

K:「どうしているかわかる?」

私:「頭打っているからそれでだと思うけど・・・・・・」


聞くと、私はKさんと荷物を運んでいるときに、
後ろ向きになった瞬間、何かに躓いて頭を打ったようだ。

これは今でも覚えていない。


私:「やっていたあの仕事どうなった?」


K:「その台詞が出ただけで大丈夫だよ」


 最初その意味がわからなかった。


この辺りも記憶が曖昧なのだろうか。

一度、点滴を見に看護師が来た気もする。
Kさんが来る前か後か・・・・・・色々なことがありすぎて
定かではない。


点滴外してほしいと言ったことと、これ2つ目?
と訊いて違うよといわれたことは覚えている。


そのときに枕元においてある紙に気付いたので、
やはりKさんが来る前かな。。

メモがおいてあった。
医師が印をつけたという頭を打って運ばれたときの状態。
入院に同意されたというメモ書き。

そして、30日。
仕事はおわった。無事終了。
こけたので頭痛いのはあたりまえ。
髪の毛は切った! 〇〇で。
等々の

メモ。

この箇条書きのメモが一番意味がわからなかった。
髪の毛は切りに行ったのは知っている。
それがどうして書いてある??


意味がわからないと思いながらまた寝て、
そして起きたらKさんがいた。


訊いた話をまとめるとこうだ。

・荷物を運んでいて頭を打った。

・担架で医務室に運ばれ、M氏の車で病院に運ばれた。
(しかし、その前に自分で荷物を取りに行ったようだ。
Aという場所に荷物があるのに、Bだと思うと言い張り、
ない・・・と探していたらしい)

病院へ行くことも頑なに拒否したらしい。
大丈夫だと言い張り、大変だった模様。

・CT2回とレントゲンを取る
(異常なし  頭部打撲だけ)

・念のため一泊するというのも中々私は同意しなかった模様。

このとき、私の記憶は5分ともたなかったらしい。

保険証はここにあるはずと何度も何度も同じところを探したり、
免許証を見て、「私の名前はnagi」と繰り返し繰り返し
言っていたらしい。
住所もそうだ。
髪の毛を切ったことも忘れていて、何で髪の毛が短いの?
と言ったり、
入れ物をずっと探していたらしい。

Kさんは、アイデンティティの確立ってこういうものなのかなと思った
とも言っていた。

笑って聞いてはいたが、とても自分だとは思えない。
頭を打ったのは午後9時か10時くらいだったらしいが、
私の記憶は7時くらいからすっぽりと抜けている。
冗談抜きで、すっぽりと。


31日の日にまたCTを取る。
脳の内部に異常は認められず。

いつでも帰って良いという許可が出る。

点滴も外してもらい、

病院食も、もう費用に入っているというので
食べてから退院することにした。



ある意味元気で、朝食のときでも初病院食と
写メールしていた。

機内食に似た感じで、味も悪くない。
ご飯が少し多いかな。。
昼食も機内食のようで。
こちらも写メール。
嫌な病人・・・というのか怪我人だ。

誰もいないときは、動くベッドが面白くて、
頭の方を動かしたり、足のほうを動かしたり、
ベッドの高さを変えたりしていた。





・・・・・・とまぁ、こんな感じで今年最初のサプライズは終わったわけです。

もう一つ。記憶に残っていることを付け加えるとするならば。
31日。私の記憶があるときにCTを取りに
看護助手(?)の人と異動をしているとき、
「もう大丈夫?」
と熊のような医者? 看護師? に声をかけられた。

「はい。でも昨日のことは何も」と私。

「その記憶は多分一生戻らないと思うよ」
 哀れむのでもなく、どこかひょうひょうとその人は言った。

このとき、私はその人が主治医かなと思ったのだけれど、
後で結果を伝えに来た人は別の人だった。
私が運ばれたときに居合わせたのか、見てくれたのか
これも私が気合をいれて探そうとしなければ、
わからないままの出来事だ。

でも、細かいニュアンスは違っていたのかもしれないけれど、
なんとなく残っていくだろう記憶の一つになる気がする。


恐ろしいくらい、何も覚えていない。
そういうと、ほとんどの人が驚いた顔をする。
でも、それでも私が平気でいられるのは、あの、
一生戻らない(もしくは一生思い出せない)という台詞を
早めに聞いたからじゃないかなという気もする。

薬も何もでずに精算をして退院。
本当におとなしくしていた。何かあっても嫌だし。


今後も後遺症なんてものがポッカリとでないことを願わずにはいられない。

2006年3月30日から31日にかけて。
数時間の記憶は永久に戻ってこないかもしれないけれど、
その記憶のない私が、全身で入院等々を拒否したことを
愛しく思った。



診断名は外傷性健忘症。

スポーツやる人には多いんじゃないかな。

勤務先に恐るべき人がいて、2回なったことがあるらしい。
やはりその前後の記憶はなく、今でも思い出せないらしい。
ただ、笑い事じゃないんだろうけれど笑ったのが
野球をやっていたときに、なったらしく
自分の番でもないのに一人終わるとバッターボックスに
入ろうとして止められていたらしいです(笑)


脳って不思議ですね。





2006年04月09日(日)
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