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■ (日記) 昨夜はなんか、泣けたなぁ・・・・・・。
昨日はとても良い日だった。 忙しかった訳でも沢山収入があった訳でもないのだが、しみじみとした良い日だった。
アタシが子宮癌になったのは、丁度以前やっていた店(エポック)を閉じたばかりの頃で、その店の大常連に大学病院の産婦人科の若い医師や看護婦の大勢のグループが居た。 彼らとは気心知れた間柄だった。 そのお陰でアタシの癌は早期に発見され、顔見知りの連中ばかりの病院に行くのも、場所が場所だけに恥ずかしくて嫌だったのだが、まぁ、癌はアタシの家系でもあるし、殆どが皆それで逝っているので彼らに説得され、仕方なく入院した訳である。
常連の中の(T)ちゃんがアタシの手術の執刀医になってくれ、入院中も色々な先生達が病室を訪れ遊びに来てくれ、長い入院生活も退屈をしないで済んだし、他の患者達に比べたらメンタル部分でも恵まれた入院生活を送っていたと思う。
その時の(T)ちゃんが昨夜、約3年ぶりに若者達を連れて飲みに来てくれた。(ま、忙しいのは解るけど、3年振りっちゅう〜のが、しかしなんだよなぁ・・・・・・)
聞けば(T)ちゃん、この4月にめでたくも教授になったというではないか・・・・・・!! いやぁ・・・、アタシャ泣きたくなるほど嬉しいよ・・・・・・。 もう(T)ちゃんなんて呼べないなぁ・・・・・・。
週に何度もエポックに足を運んでくれ、みんなでドンチャン騒ぎをし、カラオケを歌いまくっていた(T)ちゃん。 彼はとても歌が上手く、味のある歌い方で、ビーズや�哨献礇僖鵑篥�時流行のポップスナンバーを端から歌っていた。 彼ほど楽しそうに嬉しそうに歌を歌う人間を、アタシャ未だかつて見た事がない。
昨夜もカラオケボックスさながら、彼らは歌いまくっていたのだが、(T)ちゃんの歌を聴きながらエポック時代の事や入院生活を送っていた頃の事、はたまた、やはり大学病院の一室で、息を引き取った母の事などが走馬灯のように思い出され、一人感傷に浸ってしまったよ・・・。
人生の中で大きな関わりを持った人が偉くなったり出世してくれると本当に嬉しいし、誇りに思う。 でも、そういう人たちと置き比べてみて、未だ明日をも知れぬ貧乏人で何も成長がないアタシ自身が情けないやら空しいやらで、いつになく落ち込んでしまい、彼らが帰った後一人残ったたかちんと色々と語り合った。
「アタシなんかさぁ・・・未だド貧乏だし、何の未来の希望もなく、皆に迷惑ばかりかけていて・・・、本当につくづく情けなくなるよ・・・。アタシって誰かや、何かの役に立ててるのかなぁ・・・・・・」なんて、真剣に質問してしまった・・・・・・。
そうしたら、たかちんが「この場所をこうして提供してくれて、居心地の良い仲間に会わせてくれて、そんな気安い雰囲気を作ってくれている事自体が、凄く役に立ってると思うよ・・・。そんなに悲観しなさんなょ・・・」 と言って慰めてくれた。
嬉しいなぁ・・・・・・。シミジミと嬉しいなぁ・・・・・・。 やっぱ、持つべきものは友だよなぁ・・・・・・。
2008年06月20日(金)
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