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■ 【エッセイ】 想い出の歌・・・ さとうきび畑 〜に寄せて〜
森山良子の【さとうきび畑】を初めて聴いたのは(本人以外の歌だったが)確か小学校の高学年の頃だったと思う。 その時に大きな戦慄が走り、以後、その歌は私の心に焼きついたまま永遠に離れなかった。
♪ざわわ〜ざわわ〜ざわわ〜 広いさとうきび畑は・・・・・・♪と言う歌い出しで始まるその歌は、私に幾つもの遠い記憶を呼び起こさせてくれる。
かすかな痛みを伴った幼い初恋・・・・・・。 父の事・・・・・・。 そして母の事・・・・・・。 そんな幼い頃の私の心の歩みに、いつも、ピタリと寄り添っていたあの歌が、今、再び甘い泪を連れてこの時代に蘇った。 とても嬉しいような、少し哀しいような、酷く懐かしいような・・・・・。 そんな感慨深い気持ちで、私は今もあの歌を聴いている。
私が小学校の時、近所の女子大生だった【ミチコ姐ちゃん】に連れられて、彼女の大勢のサークル仲間達と2泊3日で海へ行った事がある。 確か数台の車で連なって行った記憶があるから、男女を取り混ぜて20名ほどのメンバーだったと思う。
彼女は一人っ子として育っていた私の、心の中での【お姉さん】だった。 ショートカットが良く似合う、美人でさっぱりした性格だったミチコ姐ちゃん。 何時も優しく宿題を手伝ってくれたり、悩みを聞いてくれたり、鍵っ子だった私をアパートに呼んでくれ、一緒に料理を作ったり、ご飯を食べさせてくれたり、泊まらせたりしてくれていた。 私の淋しさを理解してくれ、何時も何時も妹のように可愛がってくれていたミチコ姐ちゃんは、唯一私の理解者のような気がしていた。
親や身内以外の人達と泊まり掛けで海へ行くのなんて、それが初めての経験で、私は少し大人の仲間入りをしているような、そんなドキドキ感と嬉しさにうち震えていた。 そして、その夜の浜辺でのキャンプファイアーで、私は生まれて初めて恋をした・・・・・・。
(Y)さんと言う彼女のサークル仲間の一人が、ギターを弾きながら【さとうきび畑】を奏で始めた時、私はその歌詞を聞きながら、思わず涙ぐんでしまったのだ。 大好きだった父と母が離婚し、父と離れ離れになってしまった哀しさが、ずっと私は拭えないで居た。 そんな私の心に、あの歌詞がバッティングし、ドッ!と感情が押し寄せ、私はその場で酷く取り乱し、泣きじゃくってしまったのだ。
そんな私にビックリした(Y)さんは、歌を歌い終わると、私の横に来て優しく慰めてくれ、さとうきび畑が反戦歌である事やら、自分自身の色々な話を、ジョークを取り混ぜながら一生懸命、話し聞かせてくれたのだ。 そして、私が【さとうきび畑を歌えるようになりたい・・・】と言うと、ちゃんと歌えるようになるまでギターを弾きながら優しく個人指導してくれた。 髪が長めで、ともすれば女性に見間違うような、細面の美しい顔立ちだった(Y)さん・・・・・・。 少し翳りのあるその繊細な微笑に、私は惹かれ、魅入ってしまった。
それが私の初恋だった・・・・・・。
その後の二日間は、泳いでいても、食事をしていても、誰かが遊んでくれていても、心だけがときめき、何もかもが上の空で、私はただただ、(Y)さんの顔を遠くからじっと見詰めていた。
帰りの車の中での皆の会話からの内容で、(Y)さんがミチコ姐ちゃんの事を好きらしいと言う事が解り、脆くも私の初恋は泡と消えてしまった・・・・・・。 でも・・・、今でも、私の中には(Y)さんの歌声や姿が鮮明に残っている。 「僕のお父さんは亡くなってしまったけれど、君のお父さんは何処かで生きているじゃないか・・・・・・。君が逢いたいと思えば何時でも逢えるよ」と言って、微笑んだその顔も、頭を撫で、身体を揺さぶってくれた、あの手のぬくもりも・・・・・・。
後日、私は母の誕生日に、なけなしのお小遣いを寄せ集め【さとうきび畑】のシングルをプレゼントした。 それを聴かせ、私がどんなに父の事を好きだったかを間接的に知らせたいと言う気持ちもあったのだ。
母は真夜中にそれを聴きながら、独りでそっと泣いていた。 私は子供部屋からコッソリ覗き、その光景を見て母に同情した。
母もきっと父の事を愛していたのだ。 父との別れが悲しかったのだ。 本当は別れたくは無かったのだ。
そんな事が解って、私は母がとても愛しく思えた。 そして、少し母を恨んでいた事が、後悔されたのだ。
♪ざわわ〜ざわわ〜ざわわ〜 広いさとうきび畑は・・・・・・・・・・・・♪
この歌と共に私の青春が始まり、今尚、この歌が私を追いかけるように蘇ってくれた。 きっとこの歌は、私の生涯をずっと一緒に歩んでくれるであろう・・・・・・。 そんな気がする歌の一つである。
今日のみそひともじ
歌を聴き 遠い記憶を想う時 甘い泪が つねに寄り添う
2004年01月16日(金)
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