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みん
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2007年07月07日(土)
農業

ただいまーです。
BEEはなんか、農業だった。
というのは、好きだったし、見てよかったし、また見たいんだけど、私の中になにも残していかなかった、という意味で。
残るべきなんだろうとは思うんだけどね、ああいう話だし。
とてもおろかだと思った。何が起こるかわかっているのに。

蜂の隠喩が結局最後までわからないままで、あとでパンフにはかいてあったんだけど。
そういうものとしてみて、それで井戸がそれを恐れる理由はわからなかった。
恐怖は膨れ上がると攻撃に転ずるかと思ったけど、なんかそういう話でもないよなあ。

最初ちょっと「蜂ってなんだろう」って考えていたけど、わからないことがわかったのですぐに考えるのをやめました。
理解が全てではない。野田の芝居が私の頭でまるっと理解できるわけはないが、まるっと理解できる頭のいい人でも私より野田を楽しめないならこれに関しては私が勝ち組。
芝居はおもしろがってればそれでいいんです。
おもしろくないものはおもしろくないんです。それだけです。

影絵、とてもすき。役者はほんとーにみんなよかったなー。あと、やっぱあのサイズの小屋、小屋といえる小屋が好き。席を考えるとアレなんだけど、広いところの芝居はなんかこう、やっぱりね。狭いところで見たいです。濃密な空気で。


*


ポストにまたはいってて、件数が増えると反対派が増えるのかな、とぼんやり思う。ブログとかみると。
一人入ってたらまた捨てられた、て思うのは間違いじゃないんだけど、同時にそのときに彼女は(あるいは彼は)「産まれて」「死ななかった」のだと思うのだけどどうかね。(誰にも知られず産まれなかったことにされる、時点で、産まれることさえかなわなかったのだと思うからさ)
多いからやめよう、というのは、多いから死なせとこう、と、イコールじゃないけどとても近い。


あと、赤ちゃんポストって名前がどうにかならんかっていうのは、なまえをもっとよくしたいのかわるくしたいのかをちょっと知りたい。
たいぞうくんも言ってるんですね。でもほんとはこうのとりのゆりかごって言うんだぜ?

わるくすれば入れるほうはちと罪悪感があるかもわからんけどそれでおいてかれた子はかんじわるいだろうし
よくすればまあ子供の感情はいくらかマシかもわからんけど置いてくほうはやりやすくなるんじゃろうなあと思うのであった。

ポストがなければポストにおいていかれる子はゼロだけど、無理ながら必死こいて育てられて事情ありつつも普通に幸せになるか、育てる気のない親に育てられて親の責任感も自分の責任感も育たないままにザ・親二号になるか、育てる気がないのでその辺に捨てられるか、育てる気がないので部屋にほって置かれて死ぬか、育てる気がないのでわざわざ殺されるのどれかだと思うのだが、ポストなければポストっ子はいないという人たちはみんながみんな普通に幸せになると思うのだろうか。

不幸な孤児はいるだろうが幸福な孤児もいる。
家庭があることが不幸な奴と、幸福な奴がいるのとさしてかわりない。

件数を減らしたければ、命とかそうしたものをかっこ悪いくらいクサいくらいまじめになってたたっこめばいいじゃない。次の世代に。
何年もかけて崩れたものなんだから何十年もかけて土台から直すんだ、土台を作り直している間は対症療法も同時進行にしていくか、今のぶんは見放すかしかないんじゃないか。

随分前から思ってたんだけど、責任取りたくないけどナマでやりたい奴はタマと卵巣つぶしちゃえばいいと思うんだけどなあ。卵巣は無理なのかしら。手術ができるんだから取る事もできるよなあ。使わないんだからいいじゃない。男のほうは見目変わってくるけどな……なんか入れとけばいいと思うよ……。


*

新幹線のおともに購入した本に、すごいバカがでて来て、何故か登場の瞬間に頭の中でギリジンが喋ってしまって、結局一冊まるまるギリジンの本になってしまいました。
これ映画化してギリジンにやらせればいいよ!って思ったら既に映画化されていて、件の厄が大森南朋さんだったのでめがまんまるになってしまったよ。
大森さんは蓮の人しか知らないんだけどねー。