| 2002年12月24日(火) |
アゲイン 02/12/24 第1話 |
窓が東側についているためそこからうっすらと冬の陽射しがカーテンを通り越して部屋に差し込んでくる。冬休みに入り朝遅くまでゆっくりと寝ていられるのに川越眞人は部屋の寒さで目を覚ました。体をねじり枕もとにある目覚し時計を見る。時間にせかされる事も無いので目覚しはセットしていない。まだ7時を過ぎたばかりだった。「なんだよ、まだ7時じゃん」。もうひと寝入りでもしますかな。まだ起きたばかりではっきりとしない頭で思う。しかし一度起きてしまうとなかなか眠れなくなるものだ。まず、部屋が寒い。布団から出るのが面倒だったので上半身だけ体を出し目いっぱい手を伸ばしてポータブルストーブのスイッチを押した。そして側にある灰皿代わりの『100万円貯まる』貯金箱を引き寄せすっかりつきの悪くなったジッポで煙草に火をつけた。 帯広市出身の眞人は札幌市内の大学に通っている大学3年生だ。どこの大学に入りたかったというわけではなく周りの友達が札幌に出る者が多かったので進学を決めた。どうせ進学するなら受験勉強をしてレベルの高い大学に入りたかったが、肝心の受験勉強に身が入らず並みの大学に落ち着いた。入学式を終えたその日のうちに演舞同好会に入った。特別踊りが好きだったわけじゃないがサークル勧誘のポスターが一番目立っていたので「ここだ!」とあっさり入部した。女子の学生が多い事も眞人の背中を後押しした。眞人の大学生活はサークル活動そのものだった。毎年札幌で行われる全国大会に出場し1度入賞した。演舞同好会は3年生で引退である。4年生になって踊るものもいるが極少数で眞人も「我が演舞同好会は永遠に不滅です」とどこかの野球選手を真似た台詞を残し引退した。引退してやることがなくなると煙草を覚えた。次の授業まで空いている時間を潰すために興味本意で吸ってみた。最初のうちは1日5本程度だった煙草の本数も日を重ねるごとに増えていき今じゃ1箱を消費するまでになった。 「コー」と低い音を立ててストーブが動き出し暖かい空気が部屋を覆い始める。ふと壁にかけてあるカレンダーを見る。12月24日。彼女がいる男なら朝からどこか気分はウキウキだろうが彼女がいない眞人にはごく普通の日に過ぎない。大学に入って男の友達は嫌というほど増えたが彼女は未だいなかった。高校の3年生の時一目惚れで好きになった人が1人いたくらいで大学に入ってからはさっぱりだ。短くなった煙草を貯金箱に入れ手を伸ばして大きく背伸びをした。目覚し時計の側に置いてあるテレビのリモコンをとってテレビのスイッチを入れた。ほとんどの民放が朝からクリスマスの特集をやっていた。蝶ネクタイを付けた太ったアナウンサーが「彼女に気持ちのこもったプレゼントを贈りましょう」と小さな笑みを浮かべていた。あ、そうですか。布団を足で蹴り上げ立ち上がる。起きてからトイレに行っていないことに気づきトイレで用を済ませた後部屋のカーテンを開けた。4階にある眞人の部屋から下を見下ろすと隣の家の屋根に積もった雪が太陽の光を受けて眩しいほどにキラキラと光っていた。 また時計を見る。8時少し前。小さくため息をついた。冷蔵庫を開ける。チキンラーメンが4つと牛乳が入っていた。袋を1つと牛乳を取り出した。無精もんだと思いながらもお湯を沸かすのが面倒だったので乾燥麺をそのままかじり、牛乳を飲んだ。蝶ネクタイをしたアナウンサーはどこかに消えテレビでは血液型占いをやっていた。眞人のO型が1位だった。『何をやっても絶好調。彼女と一緒に街に出かければ楽しいこと間違いなし。最高のクリスマスイブを過ごせそう。青い手帳を持つともっといいことがありそう』だと。あほう、その彼女がおらんのじゃ!テレビに向かって少し愚痴った。 さて、何をしましょう。テレビは次の番組に移行している。司会者が3人になり真ん中のアナウンサーが生意気なことを言っていた。布団に倒れこみ2本目の煙草に火をつけゆっくり煙を吐き出した。んー、何もする事が無いぞお。少し考えてテレビゲームをすることにした。テレビをゲーム画面に切り換えプレステの電源を入れる。眞人お得意のロールプレイングゲームだ。多いとは言えないゲームのほとんどがロールプレイングゲームだった。シューティングゲームも無いことはないが自分で手先が不器用だと言う事を自覚したため買って1時間で飽きた。 集中してゲームをした。世の中はクリスマスイブだというのにと思うと気持ちが少し寂しくなった。ゲームの流れが一段落したのでプレステのスイッチを切って3本目の煙草に火をつけ、また布団の上に寝そべった。寝煙草は危険ですよ。自分自身に小さな注意を入れる。体をねじり時計を見た。10時を少しまわったところだった。気がつけば太陽はかなり高いところまで昇っている。まだ午前中かよ。ぼーっと上っていく煙を見た。街にでも行ってみるかな。どうせ部屋にいても何もすることが無いのだから外の空気を吸ったほうがいいんじゃないかと思った。煙草を貯金箱に入れた。パジャマを脱いで簡単にシャワーを浴びる。鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かし少し厚手の服を選んで着た。コートを羽織ってもう一度鏡を見て小さく髪を整えれば出かける準備が完了する。机の上に置いてある財布を取る。中身を確認すると5千円札1枚と千円札2枚と小銭が少々。嫌いな先輩がいたバイトを辞め、実家からの仕送りがないと言うわけではないが昨日、パチンコで2万円ちかく擦ってしまった眞人の全財産だ。 ストーブを消して紅いブーツを履いて部屋を出た。タタン、タタンと階段をスキップするような足取りで降りていき外に出る。眞人の住んでいるアパートの住人は誰一人としてアパートの前の雪掻きをしようとしない。だからようやっと一人通れる獣道が1本あるだけだ。ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる音が耳に響く。眞人は黒板に爪をたてたときの音と同じくらいこの音が嫌いだった。滑らないように慎重に走って地下鉄の入り口を目指した。大通までの切符を買い改札を通る。ホームで地下鉄がくるのを待った。壁によしかかり、ふと天井を見上げた。お、構内まで息が白いではないか。しばらくして地下鉄がやってきた。この時間にしては普段より乗客が多いような気がした。3両目に乗り座る席がなかったのでつり革につかまる。大通まではたった2駅だ。地下鉄の中吊り広告はクリスマス関係のものが多かった。この地下鉄の中もカップルの数が少ないわけではない。おのれ、いちゃいちゃしおって。見ているとイライラしそうだったので眞人はまた中吊り広告に目を移した。 1つの海流が出来たかのように地下鉄から人が降りていく。改札を抜け地下街に出た。地下街にも人が溢れていた。 眞人は人の流れに身を任せるかのように地下街を歩いた。なんだか人酔いしそうだったので地下街の外に出ることにした。レディース向けの店が多く入っているビルに続く階段を上り、途中エレベーターで7階まで上った。広々とした本屋。客はそれほどでもなかったのでしばらくここにいることにした。久しぶりに漫画の立ち読みなんぞしてみようかと思ったがコミックにはビニールのカバーがかけられているのであっさりと諦めざるをえなかった。店内をぶらつく。文学系の本棚の前を通る。おお、恩田英郎の新作ではないか。眞人は高校3年の1年だけ読書に凝ったことがあった。多く読んだ本の中でも恩田英郎の作品が好きだった。新作本を手に取る。物語の最後は436ページとあった。1ページが上下2段になっている。読んでみますかな。少し読んでみて止めるつもりがいつの間にか夢中で読んでいた。はじめは本棚の前に立って読んでいたのがしゃがんでみたり壁によしかかって読んでみたりした。時折首の骨も鳴らした。時間の経過というものがまるで頭に無かった。 とそこに眞人の携帯電話が鳴った。『アゲイン2』はメールの着信を教えてくれる。見ると相馬裕輔だった。裕輔は同じ大学の友達で眞人と同じ演舞同好会に入っていた。裕輔は「1,2,3、ダァー」と叫んで演舞同好会を引退した。 (マコ、何してるの?) 裕輔からくるメールはいつもこんな感じだ。鼻から小さなため息が漏れた。 (今バルコの本屋にいるよ(´―`)) 嘘をつくことも無いので今の状況を端的に送った。おまけに顔文字をつけるのは眞人のちょっとした癖だ。以前同好会の女の子に顔文字のついたメールを送った時に「可愛いじゃん」と言われそれ以来顔文字をつけるようになった。男なんて単純なものだと自分でも思った。しばらくしてまたアゲイン2が鳴った。 (いや〜俺も暇なんだよねー。俺も今から街に行こうかなあ。マコは何時までいるの?) ぉ、裕輔来んのか? (今読んでいる本がある程度読み終わるまでいようかと。でもまだいるよ) 数分後、またアゲイン2が鳴った。 (じゃあ、待っててくれるかな?今行くからさ。話したい事もあるしね。) 話したい事ってなんだろ?でもすぐに想像がついた。裕輔がたいてい話したい事は恋の話が多い。こんな時期だからなおさらなんだろうなと思った。眞人もすぐに返事を送る。 (解ったよd(>< )。) そうかそうか、何も彼女がいない男は眞人だけではないのだ。裕輔も暇だったんだなあ。そう思うと少し勇気づけられたような気がした。携帯電話の時計を見る。もう12時を過ぎていた。集中して物事に取り組むとなんて時間が経つのが早いんだろう。朝の時間の遅さが不思議に思えた。 30分ほどして裕輔がやってきた。 「おっすぅ」いつもの裕輔の挨拶だ。おはようと眞人も挨拶を返す。 「何読んでんの?」 「裕輔に言ってもわかんないかもしんないけど恩田英郎の新作」 「ふうん。知らないわ。ね、マック行かね?」何を読んでいるのと聞いておきながら興味が無くなったのか話を変えてきた。 「ん、別にいいけど」本当はまだ読んでいたかったが読んでいても裕輔が話しかけてきて集中できそうもないので諦めた。 「でも眞人さんまだ読みたい?」どっちなのよ。 「いや、いいよ。どうせちょっと読めばよかっただけだから」ページを見る。117ページだった。随分読んだんだなあと自分に驚く。またここに来た時に続きを読みたかったのでしおりの紐を挟み一番下に読んでいた本を置いた。 バルコを出る。自分の部屋を出た時には降っていなかった雪が空から舞っていた。バルコへは地下街から入ったので街を見るのは今が初めてだ。どのビルもクリスマスの装飾がされていた。白い息が風に流されていく。裕輔と肩を並べて歩いた。ふと隣にいるのが女だったらいいのにと思った。 「眞人さん、今日はクリスマスイブですよ」 「そうだねそうだね。周りはクリスマス一色よ」 「はあ、俺の隣にいるのが可愛い子だったらいいのになあ」前につんのめりそうになった。 「ブルータス、おまえもか?てめえも俺とおんなじこと考えてたの?」 「なんだ、マコもか。だってさ、こんなにカップルが多い中男2人で歩いてんだよ。シミジミしちゃうよ、やっぱ。嫌だなあ〜12月って。いや、俺の人生ってイタいなあ」 「うるさいよ。だったら俺んとこに来ないでどっかの女の子と遊んでればいいじゃん」 「それがいるんだったらそっちに行ってますよ、眞人さん。とにかくマックで語りましょうよ」 「いや、いいんだけどね」 ススキノのマクドナルドに入った。裕輔はハッピーセットを注文している。「今、これを集めようかと思っているんだよね」とおもちゃのチラシを指差した。眞人はこういったものに興味が無いので「ふうん」とだけ言って何気なく店内を見渡した。 「あ、眞人さん。今日は僕がおごりますよ」 「そりゃどういった風の吹き回しよ?」 「今日は愚痴らせてもらうからさ。これくらいはおごってもいいよ」どんな話が待っているんだろう。変な期待感が頭をよぎった。ま、いいかな。お金も無いし。 「じゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」眞人は小さくお辞儀をしておどけてみせた。気がつけば腹が減っていた。朝に食べたチキンラーメンはとっくに消化されている。どうせおごりなんだからと思いビックマックセットのLサイズを注文した。裕輔から金を受け取り、支払いを済ませ2階に上がる。煙草を吸いたかったが禁煙中の裕輔に配慮して奥の禁煙席に座った。コーラで乾杯をした。 「クリスマス・イヴに乾杯」眞人がニヤニヤしながら言う。 「眞人さん、独りものの男にはイヴはいらないね。お前等キリスト教じゃないんだから祝うなって思うよ。」 「僕の友達に牧師の息子がいるんだけど友達が言うにはイヴなんてものは元々無いらしいじゃん?どっかの店がクリスマスは商売に都合がいいから作ったらしいよ」 「ったく余計なお世話だよね、痛いなあ」『痛い』と『終了』は最近の裕輔の口癖だ。 「で、何があったのよ」 「いやいや」 「は?何か話したくて来たんじゃないの?」 「いやね、話すと長くなるわけですよ。ほら、前に話したバイト娘いるでしょ?」バイト娘とは裕輔がバイトしているコンビニにいるどこかの大学の1年生だ。裕輔はそのバイト娘に惚れているってことを前に聞いた。 眞人は脈無しだと言ってきたが裕輔はまるで聞かなかった。 「ああ、いたね。それがどうかした?彼氏でも出来てたとか?」 「眞人さん、何でそれを言っちゃうかな。そうだよ!出来てたんだよ!」 「え、ホントに?」 「昨日の夜、一緒にバイト入ったんだ。そしたらさ、右手の薬指に指輪してんだよね」眞人は思わず苦笑する。「あー、指輪してんだとだけ初めは思ったんだ。ほら、オシャレでする指輪だってあるじゃん。俺だってたまにするし。で!で!バイト娘は10時でバイトが終わるんだ。『いやあ、相馬さんお疲れ様ですぅ』『おう、お疲れ』とか言っちゃったりしてさ。したらさ、コンビニのドアが開いて男が1人が入ってくんのさ。僕は普通に客だと思うからさ『いらっしゃいませ〜』って言うでしょ。したらさ、いきなりバイト娘が『紹介します、私の彼氏です』だって。はぁ?!って感じよ。だってさ、そいつ、どう見たってゴリラなんだよ」眞人はコーラを吹き出した。「背も低いし、中肉中背だし顔も濃いし、だってゴリラだよ。誰だよ、オマエって感じだもん。俺だってさバイト娘の彼氏がなまらかっこいい男だったら、しゃあないかって諦めれるけど、ゴリラだからね。はっきり言ってそのゴリラにムカついたもん。俺は『へえ、そうなんだ。彼ってどんな人?』って言っちゃってたし。んなもん知りたくもないんだけどさ。したっけ今は専門学校に通っていて高校ん時の元彼なんだって。ってことはこのゴリラは19歳?って感じだよね。とても19歳には見えないよ。どう見たって25、6だもん。もう痛いなあ。しかもさあバイト娘がさ『相馬さんも頑張ってください』だって。頑張ってくださいって何よ、俺はお前のことが・・・ってね。あーもう、しゅ〜りょ〜って感じだったね。すごくムカついたから休憩に入ってから奥で煙草吸っちゃったもん」 「あれ、禁煙中じゃなかったの?」眞人は笑いを堪えながら聞いた。 「いや、そうだけどさ。この状況は吸わずにはいられますかって。」 「何日禁煙したのさ?」 「ええっと12日くらいかな」裕輔がポテトをつまむ。 「早いな、おい」 「いいんだ。とりあえず有言実行したわけだし。あんなゴリラが彼氏とはね正直内面で完全に負けたと思ったね」 「いやいや、そんなことがありましたか。これってさ笑えない話だけど君が言うとなぜか笑ってしまうね。これって笑っていいの?」 「いや、もういいよ。笑ってくれよ」 「そりゃ痛いわ」眞人がビックマックにかぶりつく。 「ホントまいったね。今年はホント色々あったなあ。由実さんにふられ、バイト娘にもふられ。もう今年は何も無いなあ」由実さんとは演舞同好会で一緒だった1年先輩だ。 「そうだったね、今年の君はあまりいいことが無かったかな」 「だってゴリラだからね」 「いや、ゴリラは関係無いでしょ」眞人がまたコーラを吹き出す。 「全部、あのゴリラが悪いんだよ」裕輔はばくばくポテトを食べている。 「もう、何言ってんだよ」眞人は腹を抱えて笑う。 「だって馬鹿だからね」 「いや、それはわからんだろ」 「だってゴリラだよ」 「だからゴリラは関係無いって。きっとそのゴリラだってさ、バイト娘の事が忘れられなくて再アタックしたんだべさ。勇気がいるよ、うん」 「そうかもしれないけどさ。クリスマス直前なのにさ。くっそークリスマスなんていらねえよ。眞人さん、喫煙の席に移動しない?ゴリラの顔が頭に浮かぶとムカついてさ」 「いいよ、俺も吸いたいし」 トレイを持って喫煙席に移動する。眞人はコートのポケットからハイライトを取り出しテーブルでトントンと煙草の葉を詰めてからすっかりつきの悪くなったジッポで火をつけた。肺の中に煙が入っていくのがじんわりとわかった。裕輔はマルボロを吸っている。 「うまいなあ。でも痛いなあ」裕輔がゆっくりと紫煙を吐き出す。しばらくお互い黙って煙草を吸った。 「眞人さん、カラオケ行きません?なんだか歌いたくなってきちゃったよ」 「お、いいねえ」カラオケなんてしばらく行ってない。最後に行ったのは演舞同好会の全国大会の打ち上げ以来だ。「じゃ、早速行きますか?」 「いや、待って。もう1本吸ってから」眞人は煙草を灰皿に押し付け窓から外を見ている。雪はまだ止んでいない。
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