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『武家用心集』 乙川優三郎 集英社 - 2003年09月09日(火)

時代小説はフロックでは売れない。
読み手のレベルが非常に高いからだ。
本作は1編1編丹念に書かれたクオリティの高い短篇集だ。
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従来、乙川さんは長編の方が上手いという固定観念があった。
しかしながら本作を読んで短編も上手いと言うかますます磨きがかかったという気がした。
デビュー作で代表作でもある『霧の橋』に肩を並べた作品と言えよう。
普段、“時代小説なんて・・・”と尻込みされてる方にも是非1編だけでも読んでいただけたらと思う超オススメ作品です。

全部で8編収録されている。どれを読んでもハズレはない。
思わずため息が出ることしきり。
一編一編詳しく書きたいが長くなりそうなので省略したく思う(笑)
未読の方にいかに本作が素晴らしいかを伝えるには、あらすじ等は特に短篇集の場合は必要ないと思う。

ちょっとどんな文章か引用したく思う。
『不思議ですね、こうしていると自分の心の中が見えてきますのに、肝心なときには何も見えません、そのとき一緒にいられないというだけで、すべてを失ってもかまわない気さえしたのです、じっと待つだけではいられない五年でしたし、一度崩れてしまうと一日たりとも辛抱のならない気持ちでした、まるで堪え性のない子供です』(「向椿山」より引用)

舞台は江戸時代なれど現代社会、とりわけサラリーマン社会に通じるものがある。
何故、こんなに人の気持ちを掘り下げて描けるのだろうかとつくづく感心してしまう。

どの編も人生の岐路に立った人々の苦しみや悲しみを描いている。
たとえば藩内抗争・介護問題・・・
読者は自分の人生に置き換えてあたかも自分がその主人公になったかのごとく没頭して読んでしまいます。

圧倒的な筆力に読み終えた後、“人生の素晴らしさ”並びに“読書の醍醐味”を実感できます。
よく文章はその人柄を表すと言いますが、乙川さんの静謐な文章もその誠実な人柄を表していると思う。
とりわけ暖かいまなざしを持って人と接することを勉強出来た気がするのは大きな収穫だ。

みなさんも是非“現役最高の時代小説作家”の名人芸を堪能してください。
乙川さんの作品を読んだあとに他の時代小説を読めばちょっと物足りないように感じるかもしれないはずです。

読み終えた後、明日からは少しは“器用に生きることが出来る”気がしていただけたら幸いに思います。本作は、読者にとって“心の故郷”となりえる作品であると信じております。

宝くじは買わなきゃ当たらないが、本作も読まなきゃ楽しめませんよ。

参考までに私の特に好きな編は「九月の瓜」と「向椿山」です。

評価10点。超オススメ作品


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