Kyoto Sanga Sketch Book
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2008年01月30日(水) 【J1J2入れ替え戦第2戦】〜additional time 4分

もう試合はいつ終わってもおかしくない。

広島の攻撃力は、入替え戦第1戦とは明らかに違う。
3万人近い青紫広島と赤紫京都のサポーターの煽り声や悲鳴や、
声にならないため息が漏れ続けていた。
屋根のない巨大なスタジアムの陽は落ちかけ、
三方からの鋭い照明が、”その場”を照らしていた。

サンガの手はもうJ1を掴みかけていたはずなのに。
なのに今この瞬間、たった一つでも、
広島選手が蹴り込み続けているボールが入ってしまえば、
京都はJ2に留まってしまう。


もう20分ほど前にサンガの時間帯は終わり、
私たちの選手は遠い危険なゴール前に押し込まれている。
そこで何が起こっているか、
逆方向のゴール裏にいる我々には詳細はわからない。
無数の広島サポーターたちの重なるどよめきで、
悲劇のラストがまだ訪れないのを知る。

また、広島サポーターたちの残念そうなどよめきが響いた。

もう緊張で息ができない。危なすぎる。
寒さに凍えながら私、私たち、たぶん選手にも、
今期の山ほどの「終了間際の失点」が頭をよぎっていたはず。
このとき、森岡は何度も時計に目をやっていたという。

元日本代表DF秋田豊の投入がアナウンスされたのはその時だった。
加藤監督の選択に京都サポーターたちの歓声が上がった。
遠くゴールを阻むために立つ彼の姿が見えた。
今、選手生命を終えようとする彼の最期の仕事は、運命の2分。
猛攻撃を受けている京都を守り切ること。

京都のチャントの声が大きくなった。


アウェイゴール裏、立ちあがる人々の波。
波はどんどん広がり、私達は総立ちになった。
その一体感はあまりに自然だった。

J2サンガはこの最期の時、残りの力を振り絞る5人のDFを中心に、
襲いかかる瞬間瞬間を撥ね飛ばし続ける。

試合終了まで、3度目の昇格まであと僅か






■スタジアムへの道

12月8日午後2時。
広島ビックアーチまでの歩道には、
無数の、青紫ののぼり旗が途切れることなく並んでいる。
すべてが広島のサポーターたちのメッセージで埋められていた。
一つの旗を見上げた。黒いサインペンの汚い字。
「絶対J1に残留してください!!」「がんばって!」
明らかに子供の字。

相手は京都が一つの目指すモデルとしている広島。
各世代の代表選手も育てているし、リスペクトしている。
何より、「紫っぽい」私の持ち物を見てバスの中でおばちゃんが
「ここ空いてるよー、今日は勝とうね」と笑顔で呼んでくれる。

「違う…んやけど、おばちゃん…(私、京都サポなんやけど…)」

初めて経験するJ1J2入替え戦。
2万5千の青紫と赤紫の人々がスタジアムに吸い込まれていく。

この高揚感は2003年の元旦、天皇杯決勝の国立以来のような気がする。
格上に対する不思議な自信も同じ。
多分それは、ここに来れたのが嬉しいから。あの時と同じだ。
(入替え戦がメンタル的にJ2チームが有利なのは当たり前かも)
今期何度か諦めかけたJ1復帰は目の前。


選手たちは、二日前に亡くなった中谷選手の母親のために喪章をつけていた。
そして、中谷の姿も今日のイレブンの中にあった。
アウェイゴール裏はまるで、西京極でのように淡々と選手たちへのコールが続けられた。
(今の気持ちのまま、前に行けばいい。)


■前半。広島シュート9本、京都1本。

京都は入替戦第1戦と同じ343のシステム。
FW:中山 田原 パウ
MF:中谷 斉藤 石井 渡邉
DF:手島 森岡 角田
GK:平井
広島は第1戦で機能していなかった中盤の戸田をはずし、
森崎和をCBから本来の位置に戻した。


広島の激しい中盤が京都を翻弄した。
広島はまるで手負いの獣だった。彼らがJ1に残るには勝つしかないから。
京都は第1戦のようなサイド攻撃、中盤でのコントロールが全く利かない。
せっかく奪ったボールも攻撃に枚数が足りず、すぐに戻されてしまう。
試合開始直後から、京都は局面局面で数的有利を作れず、
意識がどんどん守備に回る。

前半14分。
広島、駒野のクロスに寿人のヘディング。
すんでの所でGK平井の手が触れ、ラッキーにもゴールを越えた。

それだけではない。
広島、柏木のシュート。
槙野のヘディング。
ウィズレイのシュート。
森崎浩二のシュート。
…広島の攻撃が続いた。

京都の唯一のチャンスは、
中山がワンタッチでボールをスペースに出しパウリーニョが独走。
しかし、広島GK下田のスライディングで止められた。
広島シュート9、京都1。

それでも、後半には修正してくれるに違いない。
屋根のない巨大なスタジアムは
こんなに人がいるのにコールの声が吸い込まれてしまう。
かじかむ手。熱燗を握りアウェイのベンチにまた腰掛けた。


■後半1。「逃げる」か「勝ち切る」か。

京都は最終ラインを3バックから中谷、手島、森岡、渡邉の4バックにした。
そして、角田をCBからボランチの位置に上げた。
ゴール前は二人のCBに任せばいい。
両サイドも中盤も、京都が制せよ、ということ。


角田を中盤に上げた効果は、すぐに出た。
サイドを走る選手を追いかけてタックルする角田が見えた。
次には、中で配給しようとする選手を吹き飛ばす角田。
(彼はゴールから遠い位置でもらうファールなんて全く気に留めてない)

それに牽引されるように、京都の選手たちが動きだした。
中で奪えればサイドも走ることができる。
コーナーキックに反応しシュートした京都選手、
そしてこぼれ球を田原。今度はパウリーニョのシュート。
双方の選手が目覚め、サッカーが始まろうとしていた。

そして55分。驚きの采配。

なんと斉藤を下げてFWアンドレ投入。
アンドレ!と響く京都の人々の声を聞きながら、
この選択に武者震いを感じた。強気だ。
本当は京都は同点、つまり今日は逃げればいいのにそれではいけない。
加藤監督の「逃げるな。勝ち切れ」というメッセージは、スタジアムの空気を変えた。

相手を0点で抑える為に、サンガは前に向かうことにした。
彼らは私達、アウェイサポーターのいる方向へ走り出した。


角田のロングシュート。
田原のカウンターからフリーのアンドレへ。
次のパウリーニョのコーナーは下田にパンチングされるが、
それを後方から上がって取るのも京都の選手だった。

森岡、手島の二人CBも強固に守り、
二人のフィードも前へ前へと、攻撃に向かっていた。
応援の速度も速くなる。しかし選手のプレーはそれを上回っていた。
ゴールが欲しい。
また競り勝つのは京都。

指揮官、選手、そしてサポーターも同じ意思を持っていた。

ついに最大のチャンスが訪れた。
低い位置真ん中から森岡がゴール右へパウを走らせた。
アンドレには誰もついていない。完全なるフリー。
しかし、彼の足にボールはなぜか収まらず、失いかけた。
その間に広島選手たちが集まって来た。GK下田のパンチング。
田原が再度蹴った先はサイドネット。

落胆の大きなため息がアウェイゴール裏に漏れた。
点だけがなかなか入らないでいた。

■後半2.広島の真の力

後半22分。田原に代えて徳重を投入。
しかし徳重が躊躇している隙に、広島の攻撃が始まってしまった。

広島、柏木のミドルシュートはバーを叩いた。
そして第1戦でゴールをあげた若い平繁を投入。
森崎浩二からのクロスに反応して李が飛び込んだ。
彼に体をぶつけたのは中谷。
広島の猛攻が再び始まってしまった。

二つのチームのプレーは白熱する。
ボールを持った選手たちに双方のサポーターが歓声が覆い追い立てる。


連戦で疲れた選手たちのスピードは落ちて来ているのに、
ボールは彼らの周りを頭上を、
スピードを持って、ピッチ上を縦横無人に走り回っていた。
駒野のシュートはポスト右にわずかにそれた。
徳重がトップスピードで切れ込んでシュートも右にそれる。

駒野が左のスペースに出したボール、柏木が駆け上がった。
ゴール前に走りこむ寿人へ。
そこに中谷が追い付き、足を出してブロック。
広島の波状攻撃が続く。

「誰だよ、広島相手なら3点は取れるって…」

両サイドからのクロスを森岡と手島がブロック。
しかし、駒野らのサイド攻撃は怖かった。
ついに、広島は長身のストヤノフと盛田が上がり、
森崎和を最終ラインに。
パワープレイへと。

広島は第1戦とは別のチームだった。
J1とは言え下位に低迷していたチームに思えない。
この時間、アウェイゴール式の計算では、
広島は1点取りさえすれば京都をJ2に蹴落とせる。

今日の広島にとって、それが難しいことでないのは判っている。


■additional time へ

目の前の電光掲示板に「4分」の文字が表示された。
いつもの、サンガの失点の時間帯がそろそろ始まろうとしている。
アディショナルという言葉を聞くだけで、逃げ出したくなる。

秋田がラインに立つのが見えた。

アウェイゴール裏に広がるの「攻撃」の歌は鳴り止まず、
人々はどんどん立ち上がって総立ちになった。


全員でゴールに向かう広島選手たち。
秋田を中心に守る京都選手たち。
最後の声を振り絞る広島のサポーター。
選手たちの集中を祈る京都のサポーター。

石井が犯したファールにより広島がフリーキックを得た。
盛田を倒した中谷にもイエローが出る。また広島のフリーキック。

京都の全選手がゴール前に入った。
跳ね返した。

しかし、後方から上がった広島選手がボールを受ける。
サイドのストヤノフから、ふわっとしたボール。
秋田が付こうとした。
槙野のバイシクルシュート。ゴールを直撃。




そのボールの先が、ポストに跳ね返ったなんて。
私達アウェイゴール裏からは見えなかった。
見えたのは、広島選手たちが頭をかかえて立ち竦む姿。

広島ビッグアーチのため息混じりのどよめきは、これが最後だった。
直後に終了の笛が鳴った。







J1昇格。その瞬間。
アウェイゴール裏に悲鳴のような喜びの歓声が響きわたった。
ピッチの上では選手たちも吼えた。そして泣いた。

手を上げ、天を仰ぎながら喜びに泣いている京都選手たちの向こうに、
下を向いたまま感情をこらえ、咽び泣く広島の選手たちが見えた。

スタジアムではそのまま悲痛な声の広島の社長の挨拶が始まった。
うつむいた広島選手の場内一周に、
広島サポーターの励ましの声に混じった罵声が聞こえる。

…そんなスタジアムを埋め尽くす彼らの哀しみなんて無関係に
私達は、選手とともに喜び続けた。
選手たちと万歳をして、選手たちと跳んだ。
それがこの世界。

アウェイゴール裏に乱入してきた広島サポーターに、
サンガサポの明るい”帰れ”コールが聞こえる。

人々の想いを抱えていくのは、本当は重いもの。

懐かしいアレモンの歌を京都のサポーターたちが歌っている。
普通に暮らしていては関わることのなかった、遠い異国の若者のこと。
彼は二年前に京都を去り、もうこの世にはいない。
なのに。今日この日に歌いたくなる気持ちがわかる。
日常と試合が交差し、今日も思い出が積み重なる。


帰り道。
「またどうせ再来年はJ2だろ!」と京都サポに叫ぶ若いサポーターを、
同じ広島サポたちが乾いた目で眺めていた。

落ちたら這い上がればいいだけやんか、と
今だからちょっと強がってみせる。
3回の降格。同じ回数の昇格。それぞれ事情が違った。



京都に帰る10台ほどのバスが見える。
彼らの帰宅は深夜を過ぎてしまうに違いない。
私はちょっと広島の街で牡蠣でも…。ささやかなお祝いをしよう。
(昇格のお祝いはこれを最後にしたいから)





2007年度J1J2入替戦 2nd
<京都サンガ出場選手>
GK平井直人 DF渡邉大剛 角田誠 森岡隆三 手島和希 MF石井俊也 斉藤大介 中谷勇介
FW中山博貴 田原豊 パウリーニョ
途中:アンドレ 徳重隆明 秋田豊 (控え:上野秀章 平島崇 倉貫一毅 西野泰正 )
監督:加藤 久 (その他全てのレンタル中も含めて全ての選手が帯同)

<サンフレッチェ広島出場選手>
GK下田崇 DF槙野智章 ストヤノフ 盛田剛平 MF駒野友一 森崎和幸 服部公太 森崎浩司 柏木陽介
FWウェズレイ 佐藤寿人
途中:李漢宰  平繁龍一 (控え:木寺浩一 吉弘充志 戸田和幸 高萩洋次郎 高柳一誠)
監督ミハイロ・ペドロヴィッチ

その後、広島は決勝まで天皇杯で勝ち続けた


■2007年シーズンの流れ
美濃部監督の下、人もボールも動くサッカーを目指す。システムは442。が、実際は新加入のベテラン徳重や倉貫の個人技に頼るサッカーに。終了間際の失点も多く(後でフィジカルが原因と加藤氏が指摘)、昇格圏外に落ちたことで10月13日、経営者候補として召集されていた加藤久氏が監督に。相手の良さを消し、個々人の長所をより生かし、シンプルな手数をかけない攻撃、フィジカル強化を目指す。システムは433(ただし入れ替え戦は343)。毎回予想と異なるスタメン、敵に手の内を見せない非公開練習が当たる。特に終盤、今年加入した元日本代表秋田の引退表明からのチームのモチベーションは目覚しかった。森岡の復活、大剛の成長、田原の好調さもあり、入替え戦1勝1分の成績でJ1広島を破る。3度目のJ1昇格を果たした。





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