追い続けているものを本当に信じられているのかどうか不安になるのは、案外穏やかな波の冷えた空気の朝だったり、潮風が気持ちのいい夜の甲板でだったり、軽く酔いの廻っているラウンジでの一服だったり。
口で言うこと、行動に出ること。だけど本当に?完全なものなんてないのに。
疑いを持つこと。(警戒とはいわない程度の)
それは人故の罪。

思考する魚。溺れた魚。鱗のない魚。

自慰をする聖職者。暗闇を恐れる娼婦。息子を犯す母親。被虐に縋りつく王。色情狂の処女。子猫に矢を放つ小学生。とか。まぁ色々。
踏み付けにして歩くもの。虫の屍骸。無数の黒点。服を破いて体中に指を這わせて。濡れてみる。擦り付けるのは生身の体ではなく無機質の張り型。臭い息の直視に耐えない醜い人間だったり。
汚れることが望みなら花と散るより泥に埋もれることを望むか。一人沈むことを。他人を道連れにして?

先の生を思うとどうしようもないほど震えが走るよ。こんなに汚いのに、どうやって生きてきゃいいの?


2006年03月07日(火)

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