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星が綺麗だと思ったのを覚えている。
好きだとか嫌いだとかそういった感情全部抜きにしてあの人は己によく似ている。己はそれなりに現実を見知ったほうだと思うけれど、あの浮世離れしているようにさえ見える、生まれる時代を百年間違ったような彼に共感する部分が非常に多い。 彼は矛盾している。女性差別が嫌だと云いつつ、そういうことが女性差別の一つであるかもしれないという可能性に気が付きもしない。女性性を追い求め、母性に縋り、絶滅生物たる大和撫子を崇拝している(主観的に彼を観察するとそのように見える)。そのことで女性が傷付くかもしれないという可能性を知らない。 問題は彼がおそらくは無意識だという点にある。そして彼が自分が矛盾しているということにさえ無意識だという点にある。 彼の言葉は時々不躾に思える。男物のコートを着る女性に(男物が好きでよく着ている方に)当然のような顔で[似合わない]と云う。スカートを着た女性に(普段はあまりお召しにならない方に)心得顔で[やっぱり女の子はそういうのが似合うよね]と云う。それは個性や個人的な好みなどを無視して性別によって色分けしたに過ぎないのではないだろうか。 仮令それが男物であろうが女物であろうが似合っていれば問題は無いと己は思う。顔見知り(本当に顔しか知らないが)の男性がロングブーツと白い短パン、赤いトレーナーという非常に可愛らしい格好をしているのを見た。一見女の子かと疑うばかりに可愛いのである。彼は冬には白のコートなどを着こなしているが、それも非常によく似合っている。[可愛い]というのは己の主観であるけれども、彼にそれらが似合っているというのは比較的客観的な意見だ。それが仮令女物であったとしても彼が気に入って着ているものを似合わないと云うことなど出来るはずもない。 男物のコートを着た彼女にそれは非常によく似合っている。男のようにカッチリと決まるわけではないが[似合わない]などとは少しも思わない。男物のコートだと云わなければ気づかないほどにそれは彼女に馴染んでいる(ように己には見える)。 彼はいつ自分の矛盾に気が付くのだろう。願わくばそれが出来るだけ早くであるように。悪い人間ではないのだから騙されてしまわないだろうかと要らぬ心配をしてしまう(ほんの少し冷たくなる視線で眺めたくなる)。 共感と同時に生まれ出ずる反感。冷めた目と嘲る口。言葉がどんなにか役に立たず、無意味で、何一つ十分に伝えられないものであるかを知る。
星は輝きを増す。冬の気配を伝える空気に触れて冴え渡る。月は無い。空は黒く沈んでいる。それは重さの無い水のように天球を飾る。縫い取られた金の粒、銀の粒、銅の粒は時に蒼白く、時に黄金に輝いて己を魅了する。 吐く息の白さに、指先を染める冷気に、心までもが同化していえばいいと思った。いつまでもこの空を見つめていたいと思った。この生命が尽き果てるその瞬間まで。
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