さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
目次へ←遡る時の流れ→


2003年01月29日(水) にゃん氏物語 末摘花13(すえつむはな完)

にゃん氏物語 末摘花13(すえつむはな完)

灯影の空蝉は美人ではなかったが姿態の優美さには魅力があった
常陸の宮の姫君は空蝉より品が悪くないはずなのに…そう思うと上品
さは身分によらない 男に対する態度 正義観念の強さ それで退却
してしまったことなど何かにつけて源氏は空蝉を思い出した

その年の暮れ押し詰まった頃 源氏の御所の宿直所へ大輔の命婦が
きた 源氏は髪をすかせるなどの用事は恋愛関係の無い女で冗談の
言える女を選ぶ 大輔の命婦はよくその役にあたり安心して桐壷へ
来た
「変なことがありまして…言わないのも意地悪くて困ってしまって
来たのです」と微笑んでその後を言わない
『何かな 私には何も隠すことがないと思っていたが』
「いいえ私のことならよかったのです 貴方様に相談するのは
もったいない事ですが この事だけは困ってしまいました」
なおさら言わないのを源氏はまたこの女が思わせぶりを始めたと
思った
「常陸の宮家からです」こう言って命婦は手紙を見せる
『別に君が隠さなければならないわけはないじゃないか』こう源氏は
言ったが受け取って困った もう古くなって厚ぼったくなった厚めの
和紙の檀紙に薫香の匂いが十分つけられていた とにかく手紙の形
にはなっていた 歌もあった

唐衣君が心のつらなれば袂はかくぞそぼちつつのみ
貴方の心が冷たくつらいので袂はこのように濡れ続けるだけです
何かと思えば大げさな衣装箱を命婦は出した
「こんなきまりの悪いことがあるでしょうか 正月の着物のつもりで
用意したようです 返す勇気は私にはありません 私の所に置いて
おいても先方の気持ちを無視することになります 見せてから処分
しようと思ったのです」
『君の所に置いておいたら大変だ 着物の世話をする家族もいない
のだから…親切をありがたく受けます』
とは言うがもう冗談も口から出ない それにしても下手な歌だ
これは自作に違いない 侍従がそばにいれば手直しするところだが
その他の先生はいないししょうがない その人の歌を作るのに苦心
する様子を想像するとおかしい

『貴重な貴婦人なのだろう』と言いながら源氏は微笑んで手紙と
贈り物の箱を眺めていた 命婦は顔を赤くした
エンジの我慢できない嫌な色の直衣で裏も野暮ったく濃い 
品の悪さが端々に見える 感じが悪いので 源氏が女の手紙の上へ
無駄書きするように書く それを命婦が横目で見る

なつかしき色ともないに何にこの末摘花を袖に触れけん
色濃き花と見しかども
別に親しみを感じる花でないのに何で末摘花の紅花色を手に触れる
ことになったのだろう 色濃い花に見えるのにと読まれた
花という字に要点があるのだと 月の差し込んだ夜などにたまに
見た女王の顔を命婦は思い出し 源氏のいたずら書きは酷いと思い
ながら おかしかった

くれなゐのひとはな衣うすくともひたすら朽たす名をし立てずば
薄紅に一度染めただけの衣の色のように源氏の心がたとえ浅くても
ただ姫君末摘花の名を台無しにするようなことさえなければ
よろしいのです
「その我慢も勉強です」理解があるようにこんなことを言っている
命婦もたいした女ではないがこれくらいの事を言える能力があの人
にあればなあと源氏は残念そうだ 身分のある人であるので源氏から
捨てられたという汚名をあの人に立てさせたくないと思う
ここに誰かが近づく足音がしたので『これを隠そう 男はこんな真似
も時々しなければならないのだろうか』源氏は迷惑そうだ
命婦はなぜ見せたのだろうと自分が恥ずかしくなってそっと帰った

翌日命婦が清涼殿に出ると台盤所を源氏が覗いて
『さあ返事だ どうも晴れがましくて堅くなった』と手紙を投げた
多数の女官たちが源氏の手紙の内容をいろいろ想像する
『たたらめの花のごと三笠山の少女をば棄てて〜』
まるで紅梅のように三笠山の少女は捨て置いて
という歌詞を歌いながら源氏は行ってしまった
また赤い花の歌で命婦はおかしくて笑った わけがわからない女官
たちは口々に「なぜ笑っているの」と言った
「いや寒い霜の朝『たたらめの花のごとかい練り好むや』という歌の
ように赤くなった鼻を暖めるのに紅色のかい練りを重ね着していたの
を見つけたのでしょう」と大輔の命婦が言うと
「わざわざそんな歌を歌うほど赤い鼻の人はここにはいないでしょう
左近の命婦さんか肥後の采女がいっしょだったのでしょうか」など
源氏の謎の意味に自分たちが関係あるのかないのか騒いでいた
命婦が持ってきた源氏の返事を常陸の宮では女房が集まって大騒ぎ
だった

逢はぬ夜を隔つる中の衣手に重ねていとど身もしみよとや
貴方と逢えない夜がいく晩も重なり二人の仲を袖が隔てているのに
さらにこの袖を重ねて逢うのを隔てようというつもりですか
白い紙に無造作に書いてあってとても美しい

三十日の夕方 あの衣装箱の中へ源氏が他から貰った白い小袖の
一重ね 赤紫の織物の上衣 その他山吹色や色々な色のものを入れて
命婦が宮家へ持ってきた
「こちらで作ったのがいい色じゃなかったというあてつけ
でしょうか」と一人の女房が言う 誰もが普通はそう思う
「あれは赤くて深みのあるできばえです この好意を嫌がるはずは
ない」老いた女たちはそう結論つけた
「歌もこちらのは意味深く格式が高いです 返歌は格式が無く
くだけ過ぎです」こんな事まで言った 末摘花も苦労して作った
から紙に書いておいた
三ヶ日が過ぎて男踏歌(本番は一月十四日)であちらこちらの若い
公達が歌舞をする騒ぎの中 源氏は寂しい常陸の宮を思いやっていた

正月七日のあお馬の節会(この行事は中国の故事によるもの
『馬は陽の獣 青は春の色 正月七日に青馬を見れば一年の邪気を
除く)が終わってからお常御殿を通り桐壷で泊まるように見せかけて
夜更けに末摘花の所へ来た
これまでと違って家が普通の家になっていた 姫君も少し女らしく
なっていた 全てを変えることができればどんな苦労もできるだろう
と源氏は思った その日は日の出までゆっくり泊まっていた

東側の妻戸を開けるとそこから向こう側への廊が壊れているので
すぐ戸口から日が差し込んだ 少し積もった雪の光も加わり室内の
ものがよく見える 源氏が直衣を着たりしているのを眺めるために
横向きに寝ている末摘花の頭の形や畳にこぼれかかっている髪も
美しい 源氏はこの人の顔も美しく見える時が来たらと将来に期待
しながら格子を上げた 前にこの人の姿をすっかり見てしまい雪の
夜明けに後悔したことを思い出し 上まで格子を上げず脇息を支え
にした
源氏が寝ぐせを直していると とても古い鏡台や外国製の櫛箱や
掻き上げの箱などを女房が運んできた 普通の家には無い男用の
髪道具もあるのは源氏には面白く思えた

末摘花が現代風に見えたのは三十日に送った衣類を着ていたからだ
とは源氏は気づかなかった よい模様と思ったうちぎだけは見覚え
があった
『春(一月)になったのだから今日は声を少し聞かせて下さい
鶯よりも何よりもそれが待ち遠しい』と源氏が言うと
「さえづる春は」(百千鳥さえずる春は物事に改まれどもわれそ
古り行く)
様々な鳥がさえずる春はあらゆるものが新しくなっていくのに
私だけが古びて行く
とだけ姫君は小声で言った
『ありがとう二年越しに望みがかなった』と源氏は笑い
「忘れては夢かぞと思ふ」あなたが一緒にいるのを
つい忘れてしまう夢でも見ているのではないかと思います
という歌を口ずさびながら帰っていく
見送って口を覆った袖の陰から例の末摘花が赤く見えていた
やっぱり嫌だなと源氏は歩きながら思った

二条の院へ帰って源氏は半分だけ大人の姿の若紫が可愛く思えた
紅色の感じはこの子からも感じるがこんなに親しみの持てる紅も
あるのかと見ていた 無地の桜色の細長を柔らかに着こなす無邪気
な身のこなしが可愛い 祖母の昔風の好みで染めていなかった歯を
黒くさせたので美しい眉も引き立つ
自分ながらなぜつまらぬ恋をするのだろう こんな可憐な人が
いるのにいつも一緒にいないで…

源氏はそう思いながらいつものように雛遊びをした 若紫は絵を描き
色を塗っていた 何をやっても美しく見える
源氏も絵を描いた 髪の長い女を描き鼻に紅をつけてみた
絵でも不細工だった 源氏はさらに鏡を見ながら筆で鼻を赤く塗って
みる どんなに美しくても赤い鼻は見苦しい 若紫が見て笑った
『私がこんなに不細工になったらどうする』と言うと
若紫は「嫌ですね」と言って色が染み込まないかと心配していた
源氏は拭いたふりをして見せる

『どうやってもとれない 馬鹿なことをした 陛下は何と
言うだろう』源氏が真面目な顔で言うと若紫は可哀想と思って
硯の水入れの水を檀紙に染み込ませ源氏の鼻の頭を拭く
『平仲の話のように墨を塗っては駄目ですよ 赤いのはまだ我慢が
できる』こんなことを言ってふざけている二人は若々しく美しい

初春で霞たなびく空の下 花が咲くのはいつなのか頼りなく思う
木々の中 梅の木だけが美しく花が咲いて優れているように見える
緑の階隠し:寝殿正面の中央階段の前にひさしを出したところ
のそばの紅梅は特に早く咲く木だから枝が真っ赤に見えた

くれなゐの花ぞあやなく疎まるる梅の立枝はなつかしけれど
紅の末摘花はつまらなく気味悪がられる
梅の高く伸びた枝には親しみが感じられるが
それを誰が分かってくれるか源氏は溜息した
末摘花や若紫 この人達はどうなっていくでしょう


さくら猫にゃん 今日のはどう?

My追加