ジンジャーエール湖畔・於
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2006年12月23日(土) 凍れるジンジャーエール /地球のおもいで













お酒を飲んでもすぐ眠くなって、役立たずな泥となるだけの私にとって
ジンジャーエールを飲むときは唯一プハッと目ざめる瞬間で
スカッと抜けます









この一瞬がすべてならいいのに!








カナダドライの甘ったるいジンジャーエールもきらいじゃないけど
ウィルキンソンの辛いジンジャーエールがよくキク
好きなの知ってて箱ごと肩にかついでもってきたべスに狂喜!





禁酒法のころアルコールの代用品として人々はジンジャーエールをつくったと知って
わたしたち、きっと前世はこの時代のアメリカ人だと思った
アルコール、ソレナンデスカ?アル・カポネ、ソレオイシイデスカ? ジンジャーエール最高デス!!とかゆって。
なにが本物かもしらずに身近にあって親しんだものだけをいつくしんで味わってそして笑顔で死んでいったのでは。










窓をあけはなして電気もつけない部屋でベスと飲む酒(われわれにとっての)








冬の夜のつめたい風が吹いているこの部屋で、
背中ではストーブが熱く燃えている。
肺から冷えているのに燃えるような感覚もありどこかちぐはぐだ。
月のあかりでかろうじて顔が照らされている。
べスの目はちょっと緑色。

恋人の友達の恋人の上司の恋人としてあるライブハウスでおちあってから
たいした用事もないのにべスはたまに夜来るようになった
はじめて会ってからもう半年ちかくになるというのにどこに住んでるか、職業すら不思議と聞いたことがなかった。
どうやら本名を瀬口豊といい、小さなデザイン会社でプログラマーをしているらしいが
かれが世知辛い浮世でいかにして日々を糊しているか、社会での位置づけなどはまったく想像がつかない。
おとうさんとおかあさんから生まれて、おとうととケンカしながら育って、
黄色い帽子かぶって石鹸工場に社会科見学にいったり、
好きな歌手に憧れてギターを練習したり、
運動会ではリレーの選手だったかもしれない。
たくさんの楽しい思い出と信じられない酷いことも経験しているかもしれない。
きっとそんな風にすくすくと育って、いっぱい愛情をうけて、この世界に育てられて青年となっていまこの部屋にすわっているのでしょう。
でもわたしにはわからない。
ベスは、ジンジャーエールをもって部屋に来るベスでしかない。
いま一瞬にしてこの姿に生まれた断片として時間に存在しているようにしかみえない。
思わず
「瀬口豊なんてそんなのうそでしょう?」
といったら
「うそ」
とベスは即答したのでわたしたいそう安心しました。







この部屋はあまりものがなくって、栓抜きもなくおろおろしてると
こともなげに歯で栓を抜いてしまったベス
ちょっと長めのくせ毛が顔のよこでゆれるさまはみえない風をまとっているようで
お気に入りのセーターはあらゆる森の動物たちの毛を編みこんだ精霊の化身のような見事なもの。
背中に顔をうずめると土と汗と冬の空気の匂いがムンッとした。ケモノのような匂いがなぜかなつかしくってたっぷり鼻に吸い込んだ。
それは昔家族で旅した北海道のある牧場のトナカイの匂いににてて。
背中に触れてみたくて枝状に生えているトナカイのリッパな角を思わずつかんでしまって、大きな前足で右ほおを強打されて倒れた。鼻血としばらく頬の赤みがひかなかった。そんな目にあったのになぜだか恐怖感はなくて、いわれのない暴力を他者から受けたはじめての出来事で、ひたすら驚くばかりだった。一人っ子でまわりのものからいつも、いいんだよ、そのとおり、かわいいね、やさしい子だと愛されて大切にされて育てられてきたのでこんな乱暴な仕打ちはほんとうにはじめてのことだったんだけど、そのじつ、そんな副作用がわたしの人生に起こるのも悪くはないかもしれないと思った。いつしか自分のたましいを分け合うような人と出会ったらきっとこんな感じかもしれない。運命の人と出会ってしまったらきっと平穏なものではいられないはず。熱をもった頬をさわるごとにドキドキと鼓動がはやくなった。








あのときのトナカイの匂いだ、べス。
セーター。呼吸。ゆれるくせ毛。
<MADE IN NORWAY>のタグがべスの太い首の後ろからはみでている。







そのケモノじみた風貌とはウラハラにてっていして下戸なこの男とジンジャーエールでプハッとするのが
ここのところのすべてになっている
あとの時間はただ息してるだけ
ジンジャーの発砲にほんの一瞬ズキッとするのはさっき咬んだところがじき口内炎になるからだろう









「ぼくたちいつかお互いの口内炎もしらないようになっていくね」

「これがゆいいつ地球の想い出かも」



とわたし。
























乳液を買いに化粧品やに寄ったら、おばさんが「メリークリスマス!」といってサンタgirlのコスプレで出てきた。
月曜までずっとこの格好なんだって!狂気!
肌荒れだいぶよくなったみたいね、といいながら来年のカレンダーをおまけでくれた。
「若いからいいわね。これから楽しいこといっぱいね!」と笑顔でおばさんはゆって、


えっ と頭のすみがざわつく。

なに、わたしのこと?

楽しいこといっぱいってなに?なにがわたしに起こるというの?





楽しいことなんてこの先ひとつもないと思ってた
なにかを期待してたわけでもないそういうものだとはなから思っていたから
おばさんがわたしを楽しいこといっぱいの人生だとおもってるってことにおどろいた
カレンダーをじっとみてみる
うしろを振り向くとなんにもない真っ暗の虚無でした。






















人間に生まれたからにはなんとか人間らしく暮らして誤魔化しているけど
いつもちぐはぐで
たまにできる恋人にもいつも悲しいおもいばかりさせてしまう
なにを期待されているのかわかろうとするけどわからなくて
いつも裏切って落胆させてしまう
こんなことはもうイヤだと思いながらまた別のだれかと同じことをくりかえす
トナカイに打たれた頬をさしだして
もっと愛してといいながら誰の愛も本当は必要としていないのかも
人間に生まれたからにはなんとか人間らしく暮らそうとして
誤魔化して そうなろうとしている
だれかとつながることでしか人間になれない気がして
結果としてわたしがトナカイになってだれかの頬を打っている








ほんとにほんとうにつらくなったとき


もうだめだっておもったときに



落ち合う場所はここにしよう








べス

























冬の夜






開けはなはれた窓








冷たい空気






ジンジャーエール






NORWAYのセーター



緑色の目



ゆれるくせ毛




口内炎



















針葉樹林の白と黒のモノトーンの空の下


凍る金色のジンジャーエール湖













いつか地球のおもいでを語り合う姿を想像しながら





























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