ジンジャーエール湖畔・於
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2006年01月31日(火) 世紫子、ネッシーの住む森へ




















世紫子が身体の変調を訴えたのは、真夜中のドライブ中のことだった。ファミレスの駐車場にいったん車をとめて、様子をうかがうと暗闇に彼女の瞳が光っているのがわかり、瞳孔はすでに開いているようだった。














「整司、おなかがいたいの。きっとあれだわ。」


「あれ、ってもしかしてあれ?」


「そう。たぶんね。あなたはまだ知らないかもしれないけれど、どうやら今日がそうみたいなの。」















この星の女たちは、150日周期ではげしい腹痛や嘔吐に襲われ、体が変調する習性をもつ。変調には個人差があり、たった一週間で終わる者もあれば、1ヶ月、2ヶ月とつづく者もいる。変調の度合いもまた人それぞれで、ヌートリアやアルマジロ、オオサンショウウオ、カルガモ、などさまざまだが、一般的には魚類への変調がもっともポピュラーだというが、中には竜になってしまう女もいるそうで、それはそれはやっかいな習性なのである。彼女たちは、それぞれの変調を抱えてその期日のみ森や沼などで過ごさねばならない。いかに親密な間柄であろうとその期間だけは誰もそばに近寄ることはできない。変調した姿はだれにも見せてはいけないしきたりとなっており、女たちはたった一人で変調した体を抱えて自然に還るのである。


世紫子の場合はオオナマズだった。世紫子の変調に出会うのは整司にとってこれがはじめてである。というか33年の彼の人生において母親以外の女性の変調に出会うのははじめてのことだった。どんどんと青ざめていく世紫子をまえにして、自分がどうしていいのかさっぱりわからなかった。世紫子のためにスタンドで水を一杯もらってくることをようやく思いついて、ピカピカのグラスを手に車に帰ってきたときには、世紫子の心はもう変調へむけて動き出していた。血の気のぬけた真っ白な顔で「このまま、できるだけ早く湖へ向かってくれない?」と話す彼女の横顔に、不謹慎にも整司はみとれていた。この真冬のさなかに世紫子がこれから変調の期間を過ごすとても冷たい湖のことを思った。
























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