| 2005年05月15日(日) |
チャンドラ・ボースの映画 |
チャンドラ・ボース「忘れられた英雄」を見てきました。場所はムンバイ・コラバのリーガルシネマ。ムンバイの映画館ではこ綺麗な映画館の一つです。日曜料金でRs90。12時から3時30分まで、途中に5分の休憩がありましたが少し長く感じました。
言葉は9割が「ヒンドゥ」。残りは英語と判らない言葉と日本語が少し。どこの映画館でもそのようですが、上映前にインド国家を流すので観客起立。あちこちで音痴な歌声が聞こえます。映画は、1940年暮れにガンジーとボースの決別から始まりました。多分路線の違いを議論していたのだと思います。
ガンジーとボースとの真摯な議論を丁寧に扱っていました。ガンジーについては「そっくりサン」が居るようで似ています。前半の話は、ボースの旅に焦点があてられています。まずイギリス支配下の厳しいインドからの脱出劇。家族に永遠の別れを告げて、アフガニスタンのカブールを目指す旅が始まります。
カルカッタからカブール。途中の険しい山間部はロバとガイド一人の旅。漸く辿り付いたカブールでは頼みの「ソビエト」大使館から冷たく拒絶されます。 カブールではイタリア大使館で救われてイタリアからのビザを取得し一路ベルリンを目指します。ベルリンではドイツ人秘書を恋に落ち、一人娘をもうけます。これはしばしの幸福。
ベルリンで反英独立活動の準備をしますがインドまでは遠い。そして、ヒトラーにあってドイツからの支援を断られるかわりに日本を紹介されます。日本の大島大使に会って日本に行くように進言されます。それまでは、日本とボースの接点はありませんでした。
そして日本に出発するために再び家族との別れます。ドイツのUボートでマダガスカル沖まで行きそこで日本の潜水艦に乗り換えます。この潜水艦でのドイツ脱出は物語の一つの山場でした。この時すでにドイツは大西洋の制空権・制海権を失っていたようです。従って連合軍の警戒の網の目を潜っての脱出なのです。
日本で東条英機に会い独立インド軍結成への支援を取り付けます。この時、一瞬ですが「ビハリ・ボース」が登場し日本とボースの橋渡し役を匂わせていました。ヒトラー役に俳優は結構似ていますが東条英機は日本人顔のインド人を使ったみたい。英語が上手いのです。そして、在シンガポールのインド人を募って自由インド軍(暫定政府)を設立しインドへの進軍を準備します。
ここで休憩。チキンバーガー食べ紅茶を飲んでしばし休憩。後半は先頭シーンです。日本軍のインバール作戦に連動してインドシナ半島を北上し、インド方面に進軍しますが、頼みの日本軍はどんどん脱落してしまいます。日本軍の支援は殆ど得られません。
日本軍には日本から遠く離れた暑い熱帯のジャングルの行軍ですがインド軍には故国へ一歩一歩近づく行軍なのです。シンガポールを発して、漸くインドに到達したときのインド軍の喜びようは感動ものです。しかし、戦局は厳しいものでした。長崎・広島への原爆投下で日本は無条件降伏します。
そして8月17日ボースはサイゴンから台北に向かい、台北の飛行場で事故にあって死亡します。自由インド軍はイギリス軍に降伏し独立を目指した同志は投獄されてしまいます。しかしこの自由インド軍の捕虜を乗せた列車は、イギリス軍の制止にもかかわらずインドで大歓迎を受けます。そして自由インド軍に触発されたインド人のイギリスへの抗議行動が激しくなり、それから2年後1947年の8月15日に独立を果たすのです。
ボースの1940年から1945年まで5年間は活動はインド独立の大きな礎になっているとの設定。歴史を少し勉強していくと、言葉がわからなくとも筋は追えました。日本・ドイツとの関係はあまり深く描けないのでしょうが、日本人として恥ずかしい場面はありません。この映画、他の娯楽物の映画同様に音楽は凝っているのです。音楽がストーリを盛り上げます。至るところでダンスが出てきてもおかしくない雰囲気になります。
さらに映画館の音響効果(360度スピーカに囲まれている)を生かし、戦闘場面の迫力は満点。日本の娘が居たら、確実にきもちが悪くなっているような超低音のサウンド(爆発音など)。戦車が現代的であったり、現代式の機関銃の打ち合いがあったりと、時代考証の点では、「ほんと?」という場面が多いけれどそれはそれで楽しめました。ぜひ、日本語吹き替えで、日本でも上映して欲しいと思いました。
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