KENの日記
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2005年05月05日(木) 思い出して (ブバネシュワラ・プリ旅行)

今回の旅の思い出をいくつか記録しておきます。30日に飛行機でブバネシュワラに出発しました。


ムンバイ−ブバネシュワラ間は国営のインディアエアラインしか飛んでいないので、選択肢は他にないのですがこの会社は予想外に良いです。インド民間航空会社では「ジェットエアー」が人気が圧倒的にありますが混雑することに加え座席が狭い。


インディアエアラインは比較的空いているし座席も少し余裕があります。会社の人に聞くと「ジェット」の良い点は、マイレージと客室乗務員が若いということらしい。そういえば、インディアンエアラインのフライトアテンダントの平均年齢は高そうでした。


機内食は味は同じようなものです(両方とも美味しくはナイ)。機内誌の占いコーナーを読んでいると、気の利いたことが書いてありました。(私は双子座)曰く「家族の中の一人に非常に多くの幸福が訪れる」とのこと。


日本に居る家族を思い浮かべると、妻は「くじ運」は悪いし、あまり特殊のことをしないでしょうから対象外かな。娘が現役で大学に入学できたこと(試験は3月)を言っているのかしらとも考えられるし、いや長男の就職試験(5月1日)のことかなとも考えました。自分以外の家族の幸福とは何なのでしょう? でも面白い占いです。


今回の旅は「オリッサ建築、美術」に触れることが目的だったのです。その目的に合致するかのように二組の家族に会うことが出来ました。一つの家族は、プリー(Puri)の「チッタラ」絵画の「ベヘラ」さん家族。ホテルで土産物屋を紹介してもらい、その土産物屋のご主人の紹介で、作家の「ベヘラさん」を紹介されました。


ベヘラさんの工房兼ショップにお邪魔して、細密画の製作風景だとか、作品を拝見しました。オリッサの細密画は、非常に細かいことに加えて、どこかに遊び心があって楽しいのです。ベヘラさんの所で「ジャガナート神」のこけし(のようなもの)を購入してきました。


もう一つの家族はブバネシュワラの「サフー」さんです。ホテルの部屋に投げ込まれた5月3日の新聞に彼の工房の記事が載っていたのです。フロントでその工房がどこにあるのか聞いてみると、宿泊していたホテルから目と鼻の先。
早速出向いてみました。サフーさんはオリッサ彫刻の第一人者で、昨年の大統領表彰に輝いた作家だったのです。


工房の入り口付近には大きなジャイナ教の「マハービラ」の石造が置かれていてまだ仕上げられていません。サフーさんによると仏陀像は比較的自由な制作が可能なのだけれど、マハービラ(ジャイナ教)の像は、非常に細かなルールがあるとのこと。


インド国内でも正式なマハービラ像を彫り上げることの出来る作家はたった3人だけだと言っていました。サフーさんとその長男だという方に色々話を伺いました。なんとサフーさんは日本語を上手に話します。


聞いてみると日本山妙法寺の住職さんと親しく、日本に行っていくつかの寺の仏像を彫り上げたとのこと。案内された展示室には日本関係の写真や、日本式の仏壇がおいてありました。日本の仏教彫刻は素晴らしいと言ってらっしゃいました。


サフーさんの工房では10人以上のお弟子さんが、一生懸命彫刻に取り組んでいました。(朝9時過ぎに行ったのですが、インドで9時から働いている風景は稀です)サフーさんの話によると設計図とかデザインを描いた下書きは一切なし。全て師匠から学ぶのであって、作者の頭の中の創造力なのだそうです。コナラクのスーリヤ寺院でもそうですが、壁一面に掘り込まれた彫像には下絵などないのです。全てが作家の頭の中の「絵」が彫る技術によって形となるのです。


難しいのは、崩れ去ってしまった彫刻や、頭部の失われてしまった彫刻の復元なのだそうです。作られた当時の作風だとか、文書による言い伝えなどから、自分で想像しながら復元していくのだそうです。サフーさんは一時省みられることのなかった「オリッサ芸術」の復興に取り組んでいるとの由。展示館にある彫刻は、多くのお弟子さんの作品も含みますが、素晴らしい作品が沢山ありました。


インドの古い伝統は、確実に現在でも受け継がれていることが分かりました。
最後にドライバーの「セブー」さんのこと。彼は地理は詳しくないけれど安全運転で、とても好感の持てる運転手でした。ただ英語が上手くないのです。私の英語の発音が悪いこともありますが、私が後ろの座席から英語で話しかけると、運転中にもかかわらず顔を後ろに向けてじっと聞き入るのです。これは「あぶない」。運転中に話かけるのは控えたし、最小限の単語にしました。「ストップ」「ゴウ」程度。それ以上話すと非常に危険なのです。




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