KENの日記
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2004年10月12日(火) 嬉しい偶然

インドに来る前のことですが。今年の6月頃でしたが東京有楽町の交通会館の前でインド人のグループに会ったのでした。彼等はインドの卓球選手達で横浜で行われた試合が終了したあと、一日東京見物と飛行機のリコンファームのために有楽町に来たのでした。東京周遊の観光バスに乗り遅れてしまって、どこか手近な観光名所がないのか思いながら、予約を確認するために有楽町の日航オフィスを探しているところでした。


困っているようなのでまず日航のオフィスを案内しました。チケットのリコンファームを済ませた後に手近な観光スポットを紹介して分かれたのでした。新幹線に乗ってみたい」というのですが、遠くまで行ってしまうのでそれは諦めてもらいました。そして別れ際にインドでの連絡先を教えてもらっていたのです。インドに関係した仕事を始めていたので、いつか会うチャンスがあるかもしれないと考えていました。


彼の住んでいる町はムンバイでした。その当時私はインドの仕事を始めていたのですがムンバイに赴任することはまだ決まっていなかったのです。


そしてインドの仕事が進捗してムンバイに赴任したのでした。赴任後一ヶ月が経ち大分落ち着いてきたのでインド人卓球選手に電話をしてみたのです。電話の向こうでは直ぐに私のことを思いだしたようでした。そして彼の職業のことを聞いたところ、彼が勤めている会社は「MTNL」というムンバイの電話会社であったのでした。


日本で会った時に私は名刺を渡したのですが彼は私の会社が通信会社だとは判らなかったようです。「MTNL」という会社は株式こそ上場していますが、67%の株式を政府が保有する会社で、ムンバイとデリーの二大都市で電話(有線、無線)を提供しているのです。全くの偶然で電話口でお互い下手な英語で驚きを表現したのでした。


さっそく彼は自分の上司と相談して彼のオフィスを訪問できるようにアレンジしてくれましたのでした。そして今日ムンバイ郊外にある彼のオフィスに挨拶に行ったというわけです。彼の話では「MTNLのトレーニングセンタ」だというので、日本の我が社の訓練施設を頭に浮かべつつ訪問したのでした。途中既に名物になっているムンバイの渋滞に巻き込まれました。


訓練センターのある場所はムンバイ北部で国際空港の少し北側の「ポワイ湖」という湖のほとりです。非常にキレイな新興の都市です。そこには「ヒラナンダニ地区」といって大きな病院を中心とした新興の街があり、後で聞いたところ大きなコールセンタもあるのだそうです。そのヒラナンダニ病院の隣の大きなビルが「トレーニングセンタ」でした。


トレーニングセンタといっても「MTNL」の新規事業の目玉の一つだそうで、通信・コンピュータの訓練スペースを提供する事業を行っているセクションでした。大きな訓練棟ビルの後ろには、20階建て300室あまりの宿舎(ホテル)が付属しています。そこにはプールとかアスレティックジムがあります。2005年当初のオープンを目指して最後の工事が進められているとのことでした。


彼等のターゲットは東南アジア・南アジア・中東・アフリカ等だそうで、国際空港に近い立地にゴージャスな設備を備えて客を呼び込むというものです。そして「訓練は楽しく」という考え方を全面に出してるのだそうです。宿泊施設は「5スターホテル」並に作っているとのことでした。


ムンバイは東アジアと中東・アフリカを結ぶ中間点に立地していて交通の便は非常に便利です。新興都市の周りはまだ開発が進んでいないのですが、そこだけは高層ビルが立ち並ぶ近代的な街なのです。近くのホテルのレストランで昼食を頂いたのですが、そこの二階にはなんと日本食レストランがあるとのこと。(実際はタイ料理みたいですが)。


さらにインド映画産業の中心地の「ボリウッド」とは10Km離れていません。ここにどれくらいのハイテク企業が集中できるかがポイントです。インド人卓球選手ですが「A.M.ワルンカー」という彼は実は卓球のインドチャンピオンだったのです。日本の企業でも良くあるように、企業が有力なスポーツ選手を雇用して支援するプログラムで彼は「MTNL」に入社していたのでした。そして、この訓練センタの所長さんも卓球ファンなので彼をこの訓練センタにスカウトしたのだそうです。


今日は所長さん以下センタの幹部の方達と話をさせていただきました。日本で想像していたのとは大分事情が違います。これから頭の中を整理してよく考えていかなければならないと思っています。因みに彼の直接の上司が世銀プロジェクトでスリランカに2年間行っていたということで、ここでまた偶然の話が膨らみました。非常に嬉しい偶然が二つも続きました。




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