久しぶりに「広島ドッグパーク」のサイトに行ってみたら 揉め事勃発していました〜〜
「やっぱり・・」と一瞬思ってしまったけど まあ、真実はわからないですから、そんな言葉はまだ早いのかな?
やっぱり、と思ったのは、よくある募金詐欺の可能性を考えていて 募金するにしても、かなり長い時間をかけて悩んだ事だったからです。 でも、テレビのニュースで本当に可哀想な目にあってる犬たちを映像で見て ボランティアで世話をされている人を見て、 まあ本当に可哀想な犬たちが実在するのは本当だから(だよね?) 募金しようと結論したのです。
でも、正しく使われているかどうかは確認できないし お金を捨てるようなものかもしれないかもな〜ともどこかで諦めていました。
もし、この募金などが犬たちのために使われていないのだとしたら本当に残念です。 犬たちのためと犬たちを支えるボランティアさんなどのために使ってくれたら〜と思っていたのですが。 だって、動物の治療費とかってお金かかるでしょ。
しかし、募金は後悔していません。 私は普段から募金は、自分の手から離れたら、執着しないようにしているからです。 この考え方は無責任かもしれないけど。 簡単に何かを信じて、裏切られた、といって憎んだりするのは自分にとってもよくないと思ってるので。
それから私は犬や猫だけに特別情けをかけたいわけでもないのです。 最近、犬猫の本などの感想も続いたから、そう思う方もいるかもしれないけど人のための募金もしています。
その気持ちは情けは人のためならず、と言うところでしょうか。 毎日、結構に暮させてもらって、ありがたい気持ちを、感謝をこめて どこかで困ってる方に送りたいと思ってるのです。 国内、国外、人間、人間以外とその時、できるだけ、無理のない範囲で一生してういこうと思っています。
こういう事を書くと、多分偽善者とかいい人ぶってるとか思う人もいるのだろうと思います。 そう思う人は思えばいいとおもいますが、違うからかえって恥ずかしい。
繰り返しますが、情けは人のためならずなのです。 つまり自分のためにしているので、とても自慢できるものではありません。
なんてここで、申し開き?的こと書いてもな〜 なんだか宗教色が濃い話が続いてるようですが仕方がありません。 信仰を持つ祖母と幼い頃からがっぷり話しているからです。
そして困ってる人の相談に乗るということは、考え方を変える方法を伝えることに他ならないのです。 どんな宗教でも、共通している、考え方、エッセンスがあると思うのですが 役立つからこそ、共通で残ってきているのだと思うんです。
募金も形は違えど、そういうことの中の1つだと私は思っています。
そういえば、「買い物おバカ日記」カリン・ボスナック 文芸春秋 のあとがき近くにも、似たようなことが書いてありました。
ん〜まとまらないまま終わる。
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