昨日の本の感想を書いていて、気づいたこと。
病気や怪我を不運だと嘆くことは誰でもできるけど、 〜いろんな目にあっても生きている、五輪に出られなくなったぐらいで「不運」だなんて バチがあたりますね。〜というところで素直に感心して、書いている私ですが
よく成功した人が、過去の不運や不幸を語るのは、今がいいからでは?と思う気持ちもある。 例えば、宝塚歌劇などでも、トップまで上り詰めた人が成績は下から数えたほうが早かったとかも 「語る場ができたからこそよね〜」と思った。
でもさらに、こうも思います。 その逆境に立ち向かい、乗り越えてきたのはその人自身だし、それをどう生かすかも その人自身によるものなんだろうなとも。
今、すばらしい時を過ごしている、と語れる人になれるのは自分次第なのだと。
私はよく友人たちから相談を受けることがあるのですが、 (多分、半分以上は女の子的な聞いて欲しいだけなのに、生真面目に受け答えして嫌がられてるんだろうけどww) 余計なことを言って、その人の判断を鈍らせたんじゃないかな?とか不安に思ったりするのですが どんな事でも、最終的には自分自身で判断して、選んでいるんだから、そこまで気にすることはないんだなと 今、これを書いていて思えましたね。 不満に思うなら、私なんかに相談しなければいいんだし。
もし、選んだ答えで不満なことが起きて、誰かを恨むようなら、それはその人の考え違いだし、もとより、そんな人は、本当には幸せになれないかも。 自分の事は自分で責任を取ること。 起きたことを他人のせいにして、精神的な逃げになり、一時は楽になるかもしれないけどそれではいつまでたっても、本当の意味で救われないとも。
そんなことを大真面目に考えている私は、よく「あなたは強いからできるんだ」と言われます。 確かにそうかもしれないけど、弱いのを強くするのも、自分しかいないので ま・がんばって〜としか言いようがない。 弱い自分を強くできない、逃げてばかりの自分を可哀想に思ってくよくよしてるのがいいなら何も私はいう事はないっすよ。 私だって、最初から強かったわけではなく、結構くよくよタイプだったのを長年かけて 少しずつ矯正してきたと思います。今もよくくよくよするしw
でも、占いの師匠に「弱い運勢の人にはできない」と言われることが度々ある。 そうするとやっぱ、生まれつきなのかな〜〜とまた答えのない疑問が。
でも、最近思うのは、欠点や考え方の癖って、形状記憶合金のように、すぐに戻ろうとするんだから それを何度も、何度も変える努力をして、修正していかないといけないのだと思う。 運がよい人ってのは、欠点を見つけたり、ダメだと思ったら、すぐに直す実行に移れる人だと思う。 人に指摘された場合も、相手をうらんだりしないで、自分のいたらないところを見つめられる人だと思う。 そしてそれを改善できたらもっと運がいい証拠。 私は自分の欠点をわかってるものの、なかなか改善には至らないので、まだまだです。
最近、友人が私のよいところは、欠点とか自分の不都合を他人から指摘されても「そんなことない!」と反発せずに、 「そういうところもあるかもね」と自省できるところ、それは強いからできる〜 と教えてくれたのですが、そんな風に思ってくれてありがたいな〜と思えました。
運がよくなれば、良い人と出会い、よいところへ行き、ますます良い運に恵まれると私は思います。 運をよくするのは、心がけ次第なので、結局、自分だけが自分を助けられるのだと思います。
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