| 2006年08月25日(金) |
読書「4アウト ある障害者野球チームの挑戦 」 |
平山 譲 新潮社 2005年
書評などで良い話だと知り、野球に全く興味ないし、内容も知らないまま読む。 自分の行動範囲内では、絶対に知りえない世界の一端を知り、野球に打ち込む人々、 それをサポートする人々の真剣さに、人間の良さを確認できてよかったです。
監督をひきうけた元社会人野球選手が、障害を持つ人たちのスポーツセンターで 働き始めた時に、どう対応していいかわからないと戸惑う姿は、とても実感できることでした。
次元は全然違うけど、相手の身になって考えることの難しさは、私にも常に突きつけられているからです。 相手の身になってなんて、考えられないんだろうな〜と思し召す職場環境に嘆き、彼らのしでかす粗相に、平身低頭だった。日々。 そして私もそんな彼らの気持ちが全くわからないてことで、相手の身になんてなれないのです。
そんな事を考える日々でしたが、先日、ある人からこんな話を聞きました。 その方は、若い人と話し合う場で、現代社会の児童が被る問題について、個食や虐待のことをテーマに話したのですが 「個食の何がいけないのか?」と質問されてしまったそうです。 当然、個食を否定する立場で話していたので、困ったそうです。聞いている私もギョっとしてしまいました。 でもよく考えたら、個食が当たり前で育った子に、個食を否定しても理解されませんよね。 皆、自分の家が基準なのですから。 そして、本当に現代は家族揃って食事することが難しいのです。
その逆に、虐待の話をしたら、そんなの事実でないという人もいたそうです。 自分の子どもにひどい事をする親なんているわけがないと、その人は思ったそうです。 毎日のようにニュースや新聞で伝えられる虐待については、頭に入ってこなかった模様です。
人は、自分の興味のあること、必要なことしか受け入れないという事ですね。一時はやったバカの壁です。 もしかして、ニュースは見ないし、新聞も読まないのかもしれません。
この話は特殊なのかな、そうだといいな。でもここまで極端ではないかもしれないけど 自分基準、想像力のない、情報のない話はいくらでもあるしね。
自分の家が絵に描いたような幸福な家で、それはすばらしいことなんでしょうけど それを基準にして、自分以外の人の不幸な出来事を架空の事だと思ってしまうのは困るよ。 本当に人の身になって考えるということは、神技の域かもしれません。
身近にそうそう多種多様な人と交流できる環境のほうが珍しい。 だから、新聞、本、テレビなど情報があるんだろうけど 受信する能力すらないとなると、やはり下流社会まっしぐらなんですかねえ。
あ、せっかく「4アウト」で人間の良さを知って安心できたのに、自分で台無しにしてしまいました。
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