| 2005年07月30日(土) |
感じ方の違いとやり過ごすこと |
先週も書いたけど、結構孤独苦労癖のついた女なのです(笑) たいして不幸でもないはずなのに、余計な苦労を背負い込むタイプってよ〜くわかっているのです。 それは結構、いろんなことに気がついてしまい、気を使いすぎてしまうせいもあるし 記憶力が偏っていて、勉強とか仕事だけにいかせばいいのに、いやなこととかつらかったことはいつまでもいつまでも覚えていて それを思い出すたびに「ぎゃっ」とか悲鳴をあげています。恥ずかしい。 ちなみに一番初めて恥ずかしいと思ったのは、近所のおじさんを暗がりで父と間違えてしまったことです・・ありがち?
そんな私ですが、最近少し物忘れと物覚えが悪くなってきて少しだけ緩和されてきました。 それから、喜怒哀楽の激しさも年とともに薄れてきて、すご〜く嘆き悲しんだりすることも減り、怒ったりも平坦になってきました。 ひとつのきっかけは、私の周囲のわりと幸せ風味な人たちが、悲しい場面でもあまりガッツリと悲しみを表現していなかったからです。 本当は悲しいけど、普通にしているのか、あまりそこまで感じないのかは謎なのですが・・ 私もすご〜くつらいときでも平気な風にしていようと、ふいに思えたものです。 私の好きなミュージカル「ミーアンドマイガール」で主人公の恋人のサリーが彼が違う世界の住人になってしまい 身を引こうとする場面で歌う歌がピッタリだとも思いました。 資料が無いのですが、悲しみはアゴで受け止めて笑い飛ばそうという内容です。「take it on the chin」(原曲タイトル) 悲しみにハマらず、やり過ごすことも大切だということだと思います。
なんでこんな事を夜中に書いているのかというと、友人が今まであまり苦労なく幸福が多いから、いいのかしら?という気持ちだと聞いて その言葉通りを鵜呑みにしたら、「なんとし幸運な人生か!」ということになるのですが、彼女だって彼女の努力で幸運をつかんでいるのであって、何もしていないわけではないのです。 (こう書いたら否定されそうだけど) 誰しも何も無い人生なわけなく、いろいろあるはずで、それをどう感じ、どう生かすかということで感触が変わってくるのだろうなとしみじみ思ったのです。 私はどうもマイナスに偏る、それはよ〜くわかったので少しずつ改善している準備段階ともいえます。 何度も、こういう機会があって、今までで一番またくっきりとそう思えるので私の長い罰ゲーム生活ももう少しで終わりなのかもしれません。
そして最近、親しくしている人たちから「いただく」機会がたびたびあって、 それは具体的に書くとその人からは「へ?」と思われそうなのですが 私の事を考えて、思って、時間や気持ち、そしてそれの伴った物などをいただける事が本当にうれしいな、と思えます。 本当にうれしく思っています。ありがとう・・
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