中央公論5月号・犯罪被害者の声を聞け
災害、事故、そして犯罪の犠牲者と被害に遭われた方とその御家族の話しを見聞きすると いつも胸が締付けられるように、辛い気持ちになる。 昨日起きた事故も状況が報道されるにつれて、亡くなった方の数は増えていき、その様子をテレビで見てしまう。 イヤだったら見なければいいのだけど、知らないで済ますのもダメな気がする。
テレビはそのまんま映す、音を消していたらただひたすら、事故の酷さを見ることができる。 リポーターとかの声や解説者の話しはどうだろう。 すごく参っていそうな女性にインタビューして、あれこれ聞く、ってどうなんだろう。 本人は了解しているのかもしれないけど、見ていて気の毒になる。 そして犠牲者の家族の心境を聞くのも、やはりどうだろう。 音がなければ番組はもたないし、状況説明や原因も新しいことが次々と出てくるわけでもないし報道って、本当に難しい。
中央公論の5月号は犯罪被害者の「復讐はなぜ許されないのか」という特集です。 や犯罪被害者の遺族の方がたの対談が載っていて、被害者とその家族は報道に よって傷つけられていることがよくわかる。そしてその事件当時の報道が、いつま でも世間の記憶に残って、事実と違う事が二次三次と新しく彼らを傷つけている。 事実を報道するということは、至難の技だと思う。
被害者なのに、土地から出て行けと言われたり、 犯罪者の不利になることを発言した証言者のもとに、加害者からなじるような手紙が届いたりそんな事は全く報道されていないのね。 早く、被害者に対する考え方、報道のあり方を考え改めないと、この国は良くならないと思う。 ※最近、証言者の住所が加害者に知れた事が問題になっていたので、少しずつ改善されてくるのだろうと思うが その記事でも、加害者の弁護士がわざわざ加害者に住所を教えたとあったけど、なんで教えるのかな どうせ居直っているような加害者だから、なんとでもいうのかしら・・ 加害者の人権もあるだろうけど、もっともっと大事な人権があるんじゃないでしょうか・・ でも、人の命を奪った人が、自分の命や生活のことをあれこれ主張するのって図々し過ぎないですかね。私は図々しい人嫌いなんで・・ダメですよ。
こういう日常を送っていると、 「タフでなくては生きてはいけない、やさしくなければ生きる資格はない」という言葉を思い出します。 やさしくない人間は生きる資格がないんですよ! 犯罪を犯し、被害者がどんな辛い思いをするかわからないような人は生きる資格はないと言う事。それがどんな人であろうと。 本当はタフでなくては生きていけない世の中というのは困る。でも今は本当にそんな時代。 昨日の事故現場で、救助活動した方たちはタフで、やさしい生きる資格の十分にある人なんだな。
※事故が起きた翌日に書いたものに加筆訂正しました。
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