| 2005年04月25日(月) |
ギャンブル依存症とたたかう、を斜め読み |
帚木蓬生著 新潮選書 2004年
ギャンブルとはあまり御縁がない。パチンコや競馬もやったことがあるけど、たまたま傍にやる人がいて ついでにやってみただけで、自分でやろうとは思わない。 タバコの臭いと大きな音には弱いし、パチンコ台に座っていることは難しい。 人込が苦手なので競馬場、馬券売り場には行けない。 電話で買うことができるらしいけど、面倒くさい性質なのでやっぱりやらない。 というかやはり、突き動かすほどの興味がないということだろうけど。 でも依存症というのは病気だから、私のギャンブルに対する意見など意味もないのだ。
無縁なことでもこうして手元に本があったらつい読んでしまうということは私は本依存症寄りなのかもしれない。 でも、借金してまで本を買いたいとは思わないから単なる好きなんだろうけど。本というより、知識欲なのかな。
この本を読んで、ギャンブルにのめり込んでしまった人の転落人生というのが、そこらのホラー小説より怖いと思った。 依存症の人に対する知識がないばっかりに、効果の無い方法でギャンブル止めさせようとして、家族や親戚まで 不幸の雪だるま式。依存症の家族に恐ろしい言葉を言う状態になるまでになって本当に残酷だ。
正しい知識と理解したいという気持ちは、どんなものに対して有効で、問題を解決するのに必要なことだと思う。 例えば覚せい剤、ドメスティックバイオレンスや児童虐待でも、やっと最近その情報が一般化してきたからこそ助かる人も出てきているのだと思う。 病気でも、正しい病名が判断できないと、その正しい処置が分からず悪化する一方なのと同じように こうした依存症とか起きている問題も、正しい判断、処置がないと全員で泥沼にハマってしまうのだと思うから。
先日テレビでアルコール依存症の女性のドキュメンタリーをドラマ化したものをチラリと見た。 最後の方だけ見たのだけど、一生完治することはないという事を聞いて他人ごとながら辛いことだと思う。 でも、完治しなくても、症状を抑え、幸せに暮らして行けるのだから悲観してはいけないのだとも。 私のアトピーも同様に完治することはなくても、日常生活に支障なく暮らしていけるだけでやはりありがたい。
依存症の人の身体の変化について書いてあるところが興味深かった。 脳内で生体の制している代表的な神経物質、ドーパミンは行動の活性化、 ノルアドレナリンは行動の維持、セロトニンは行動の抑制と単純化した話し 診断に生かすにはまだ長い年月がいるでしょうと書かれている上ですけど ギャンブル依存症はドーパミン、ノルアドレナリンが大量に出つづけていてセロトニンの活性化が低いそうです。 以前、雑誌でセロトニンは幸福感を与える物質だと聞いていたけど、行動のブレーキなのか・・ 病気というか、身体の調整て本当に奇跡的なバランスで成り立っているのね、とこういう時に改めて思います。
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