だから猫が飼いたいのに・・

2005年02月18日(金) 意味付けにさようなら。

「重力ピエロ」伊坂幸太郎 新潮社 2003年 を読みました。先日読んだ「チルドレン」が張り巡らされた、それでいて軽妙、そしてとても後味もよい話だったので、引き続き読んだのですが、こちらは最初から全てわかっていて、それを解きほぐす形式のミステリーで
しかもあまりにも重たいテーマなので、少しどころでなく辛くなりました。
しかし、全体的に謎解きとかまたもや出てくる人物たちが、こういう人がいたらいいな、あるいは遠くから見ている分には面白いという、稀なるタイプの人がほとんどなので、どろどろはしていないのだけど。

唐突ですが、少し前に「デスノート」集英社 というマンガを読みました。口コミや雑誌などでこれは読んで見なくちゃと思ったのだけど1巻だけ買って放置、しばらくしてマンガ喫茶で続きを読んで見た。
この物語は、人を死に至らしめることのできるノートを手に入れた神童のような高校生が、世界の凶悪犯罪者を次々と殺して行く。その高校生の正体を突き止めようとする、彼と同じような人物との頭脳戦を繰り広げられる物語。

先の小説と後者のマンガ、共通点があるけど、後者の方はもっとエンターテイメントで、そもそも死神が出てくるしファンタジーですな。
肉体を使って戦うのを止めただけで、掲載雑誌ではずっと繰り返されてきたテーマでもある。
それにしても、主人公が無関係の人まで容赦なく殺してしまうのが恐ろしく、人間離れした人物造形には全く共感できないのでどうしちゃったのかな〜としか思えない。出てくる人出てくる人が、これまた人間的なところが希薄で、絵が美しすぎるせいでますます拍車がかかってしまって、なんとも不安な気持ちにさせるマンガでありました。

そして現実。殺人や暴行など起こす人はいらないと私も思う。毎日、毎日よくもまあというほど命をないがしろにした犯罪が起きている。
そして何故か加害者の方が手厚く保護されている、どうしてこんな事件を起こしたか、過剰なまでに意味を探してあげてなんとか丈嬢酌量にもっていってあげようと画策してあげている。被害を受けた人、そしてその家族などを置き去りにして

命をないがしろにした犯罪者の命も命だから保護する、人間は本来善なるものだから更正させるチャンスをあげて、自分の犯した罪を反省させて、2度と起こさせないようにすることが人の道なんだよ〜というのだろうけど。

おこがましいとしか思えない。人の気持ちはすぐに変わらないし、他人によって簡単に変えられるものでもないって十分、自分も人間なんだからわかっているはずなのに。
変わるんですか?コロコロ変わるってのも問題ですよね。反省した、でもやっぱりその反省やめた。の繰り返しも予感させる。
あれこれ意味付けすることも、かなり無意味なんじゃないかとわかっているはずなのに。

考え過ぎ、決め付けはいけないと、「重力ピエロ」の兄弟が繰り返し語り合っていて、それは私もそう思うけど同時に「目には目を、歯には歯を」についても語り合っている。過剰報復の禁止であって、やり返せというのではないと説明も。
私もそう思っている。子どもの頃から、この言葉はすぐに覚えたし。

神様とか死神が本当にいて、人間に罰を与えてくれるならいいんだけど、人間がそれをやるにはかなりおこがましいので、罪の軽減も同様に。
だから、罪にはその罪だけを見つめて、同様に対処すればいい容赦の無い犯罪者には、被害者もそのように。被害者が1人でなければ、相談する時間が長引きそうだけど。
誰かの大切な命を奪ったのなら、自分の命でもってお詫びすれば今の制度よりはずっと公平な気がする。
とにかく、自分のやったことには責任を持つ事ですよ。後からいろいろいい訳するなんて卑怯で見苦しい。
しかも小ざかしく、他人のせいにして、理屈こねようとするなんてね。あとづけですよ。
いつからかな〜こんな風に自分のダメなところを、誰かのせいにしてしまうようになったのはさ。
病気って病名が考えられた時に病気になるのと一緒じゃないのかしら。
犯した罪に意味付け、理由を探すことにとらわれると、前に進まなくなってしまった現代だから、そんな風に思う。

ところで、「重力ピエロ」39頁の「勤勉なものが得るのは、報酬と、チャンスと、信頼だよ。」と主人公の弟が語ります。
多いに納得。私はごくごく小さい頃からそれを身を持って知らされていました。
本来は怠け者で、ダラダラしたい方なんだけど、そうできないのは、上記のように恩恵がいかほどかそれの有ると無しとでは、どう変わってくるかわかっているからだと思います。
ようするに私は無垢とかでなく、計算で動いていることになる。根っからの勤勉さんではないけど、見せかけだけでも結構イケル。
そうしないで「報酬がない、チャンスがない、信頼がない」と嘯いている人の気持ちは一生わかりません。
まあ、変わっている人だとか、他人に(社会)に甘えられて羨ましいこと、とは思うけど。ふふ。
私が強いから、能力があるからできる〜という向きもありますが、違います。能力ないから勤勉さを身につけて働いているのです。能力があったら勤勉な人を使っている側になっているでしょう。
てゆーか、人を使う側にたったら、怠けた時からご飯食べられなくなってしまいそうなので大変。

以前、職場で全方向でダメ扱いされていた人が、勤勉さを見につけ始めてからは、大部分の人に信頼されて明るい笑顔になってきました。
その人は私から見ても、能力的にダメそうだから治ることはないと思っていたのにです。
そんな人でも勤勉に、素直にコツコツしていたら、周囲の評価が変わっていた。
相変わらずミスも多いし仕事は丁寧とはいえないけど、勤勉さを身につけただけで、評価はこんなにも変わり、本人もやる気が出て来ることもあると。

もちろん、怠けと犯罪は違いますがね。怠けものも、他人の時間泥棒で、給料泥棒ではあったかもしれないけど・・
目に見えるものでも、見えないものでも、盗みは盗み。どちらにしても「悪い事」という意識がなかったらその人にとっては犯罪ではないんだろうね。だから堂々としていられるのだ。本当にあつかましい。


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美功 [MAIL] [HOMEPAGE]

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