| 2005年01月12日(水) |
読書「太陽と毒ぐも」 |
角田光代 マガジンハウス 2004
タイトルを書いていて気付いたけど、毒ぐもって、雲なのね・・ずっと勘違いしていました。
いろんな恋人が自分たちのズレを発見して別れたり、やりなおそうとしたりする短編集。 またまた恐ろしい本を読んでしまいました。
これは創作物ではあるものの、でもかなりの確率でありえる話ばかりなのでしょう。 風呂に入る間隔、お酒を嗜む量、食事に対する考え方、旅での行動、ちょっと他人にはいえない癖など それは人の数だけ、自分なりの当たり前があるので、ピッタリ一致するわけがない。 そういう合わない部分で、揉めたり、別れたりはどこにでもある普通の日常でしょうから。
ケンカしている2人の話を読んでいると、本当に相手に思いやりがなくなっていて なんの為に一緒にいるのかわからない事になっているので 他人と暮らす困難さを再認識して、恐怖に身が震える思いです。
特に私がドキっとしたのは、ジャンクフード(カラムーチョとか)をご飯代りに食べる女性(しかもそれをベッドの上で食べる)の話。 私も多分、その人とは暮らせないと思う。身体を心配して、食事のことを言ったとしても 「あなたに養ってもらっているわけでないのだから、人のことに口だしするな」とか言われたら、やってけないと思いますよ。 小説の中の怒って出て行く女性の言い分もわかるけど、ジャンクフードを主食にするのと同じくらい 暮らしている間、相手に何も主張せずに、ある日辛抱できなくなって、ぶちまけて出て行くっちゅーのも怖かったなあ。 でも、それって一緒に暮らして見ないとわからないのよね・・怖い。 「え〜知らなかったよ〜なんで言ってくれなかったの?」ってすごい恐怖な気がする。
でも私のように、何でも話すタイプこそが苦手な人もいるだろうから、それこそがズレなんでしょうけど 私は私自身が難しい故に、きっと困難さは加速するんだとわかっているのですが。
私は男性と2人で暮らす、という体験をしたことないけど 寮で他人と暮らしたり、親戚の家で間借りしたことはあるので だいたいは他人と暮らす困難さはわかっているつもりでした。 というか自分の身内と暮らしていることすら、苦痛をともなっているので 私は本当は一人暮らしが向いているのかもしれません。
そうすると、家族との暮らしを解消して一人暮らしをしたが最後、結婚しようなんて 思いも寄らないことになるかもしれません。
なんてちょっと神経質な話ですが、小説の最終話はそれでも暮らす秘訣っていうか ヒントっぽい話があって、それはそれで納得しました。
ところで、この年末年始は、昔からよく知っている友人とその逆に最近知り合った友人と長い時間を過ごす機会があったのですが お互いにあまり知らない間柄だと、食べるものの趣味、その量、あまり好まれない行動などが全く予想がつかず その都度手探り状態で、それは本当に刺激的で目が覚める思いです。 (でも、それは私だけが気にしているのかもしれません。)
昔馴染みの友人は、お互いの好きな食べ物、歩くペース、休むペース、見たいもの、苦手なものなどを全く相談せずに動けるのでした。 そんなわけで、新しい友人と過ごすことによって、自分がいかに昔馴染みの友人たちに甘えているのか思い知ったのです。 いや〜本当に驚いた。ってヘンな感想かもしれないけど。 でも、今では気の置けない友人たちも、知り合った頃は手探りしていたはずだから、当たり前なのでしょうけど。
30過ぎたら、毎年新しい友人を作ろう!って余計なお世話かもしれない目標を目にしたことがあるけど 私みたいな人間にこそ、実は必要な目標かもしれません。
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