| 2004年09月09日(木) |
地震の話や一休さんの話やら。 |
ここ最近、地震や台風と、火山も噴火したり、非日常がテンコ盛なのですけど 地震があまりにもいや〜な揺れだったので、あの大震災の時の恐怖とか不便な日常生活を思い出してしまいました。 結構、綺麗に忘れていたみたいなのですけど。
話しは変わって・・・ テレビに有名占い師が映っていました。(先日の日記にも書いた人です) それを見た家族が彼女が一躍有名になったのは某有名人の借金を肩代わりしたことからだ、とどうでもいい情報を教えてくれた。 詳細な情報は知らないし事実かどうか知りませんが、そんな事があって、世間一般に占い師の名前は初めて知らされたようだったとのことです。 それだけだったら「へえ占い師、やるやん」ということなのですけど、その占い師は借金肩代わりしてあげた有名人の その後の態度が気に入らないとかで、アチコチで不満を漏らしたらしいとのことでした。 具体的にどのように等、細かいこと、本当のことがかは確認しようがないのですけど。 それだけ聞くと、占い師も普通の人間だという証拠なのでしょうか。成人君子ではないのですよね。
地震とあいまって思い出したのは、地震の時の知人の体験談。
知人Aは関西圏ではありましたが地震の被害には遭わなかった。ところが地震のために仕事へは 通うことができず、時間に余裕がありました。そこで自分の知人の被災者を見舞おうと思い立ったのでした。 まあちょっとしたボランティア活動ですね。 地震で被害が大きい地区に以前の職場の同僚が住んでいたのも思い出して、知人は物資などを背負って 歩いてそこまでいったそうです。やはり細かいことは失念しましたが元同僚にも喜んでもらえたみたいだし、 いいことをしたな、っと知人は満足しておりました。
それからしばらくして、地震の傷跡は残ってはいるけど交通・街の機能は平常に戻った頃に 知人は、たまたまその物資を運んだ元同僚が働いている店を通りかかったので寄って見たそうです。 そして働いている元同僚を見つけたのだけど、なんと知人は無視されたのだそうです。 目が合った瞬間にあからさまに目を逸らされて、決して声をかけるとかかけられる雰囲気ではなかったそうです。 とてつもなく衝撃を受けた知人は、私に疑問をぶつけて涙ながらに語って聞かせてくれました。
私は知人の気持ちもわかるけど、その無視したという元同僚の気持ちもわからないではないのでした。 ちょっとキツイ例えだけど、物乞いととんちの一休さんのお話を思い出していただいたらわかるでしょうか。
多分、元同僚はそれほど親しくもない知人に、尋常でない好意をしめされたことが居心地悪かったんだと思うんですよ。 そして、お返ししなくては・・とも思ったかもしれませんが、復興し始めたばかりで、多分その方にはお返しする余裕なんてなかったと思うんですよね。
お返しが欲しくてしたのではない、お店に寄ったわけではない。と知人は思っているようでしたが そういう事を先延ばしできる間柄でなかったのがいけなかったのかもしれない。 知人は元同僚と特に親しいワケではない、どちらかというと反対の間柄だったそうです。
私も被災後、いろんな友人・知人宅に歓待されました。自宅がお風呂が使えないから有りがたかった。 でも、あまり親しくない方の家に行くと、やはり手土産の一つももたないと行けない気持ちが沸き起こるし 復興してから、やはりお礼をしにいったりしましたよ。一方的にしてもらうということは、結構心苦しいものなのですよ。 されてばかりでも苦にならない人って、ピーっとかピーっとかピーっくらいですよね。(都合により消してありますので 好きな言葉を当てはめてください)
ボランティアって、見返りを求めない気持ちでやらないとボランティアにならないですよね。 だから彼女も良いことをするなら、全く知らない人にすればこんなイヤな思いはしないですんだんじゃないかと思うんですよ。 何がしらの人間関係が既に出来上がっている場合、ボランティアにはなり難いのかも・・と。
私は親しい間柄の人に親切にするのは、その方が自分に都合がいいからなのでボランティアではないと思います。自分のためですからね。 そこそこの間柄の人や全く見知らぬ人に親切にする場面になったときは、なるべく気付かれないように してしまったらダッシュして逃げるとか、痕跡を残さないようにしたいと常々思っています。 それも非常に難しい技術なんでしょうけど。
なんの話しだかわからなくなりましたが、地震のとき人生の教訓になった話でしょうか。
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