| 2004年08月02日(月) |
変わる女と変われない女 |
「負け犬にならない為の十か条」というものが、「負け犬の遠吠え」の巻末に載っています。 「負け犬になってしまってからの十か条」というのも続いてあります。
とりあえず「ならない為」のを読んで、概ね納得していました。 自分もその「ならない為」に書いてあるようなことをほとんどしていなかったなあ、 「・・・っすよ」って使っていたなあ、それよりなるべく女性らしさを殺して生きているなあ。 腕組んでいるなあ。もはや癖みたいなもの。ここで酒井女史は負け犬にならないためには 両手をブラブラさせて、いつでも連れてってもらえるようにしておこうとか書いていて笑える。 一人旅よくした。海外に行った時には本当に多くの方から引かれた。何で?とか思っている時点で終わっていたかもしれない。 同性に嫌われることを恐れていたなあ。子どもの頃から同性に目の敵(言い過ぎ?)にされやすいので ワザと敵ではありません、と道化たことをしつづけた結果がこれかもしれません。板についてしまった。 私は本来とっても気が強いし、もともとユニセックスな性格なんだと思うのですが、いかんせん 外見がとても女性的なので、かなりがんばらないとダメだったんですね。これが・・・ 名字で呼ばれていたな。「大丈夫」と言っていた。男の手助けはなるべく借りない!と法律を作っていたかのようでした。 長期的視野のもとでものを考えていたけどなあ。これはイマイチ納得できないような・・・
6:4くらいで負け犬になるような割合が高かったということになるな。 不倫はしたことないし、女性誌はたまに読んでいた。ナチュラルストッキングははいていたしな。 これらが例外かな。でも雑誌も負け犬系雑誌かも。
私の友人でも、負け犬に相当する人々は、この本でいうところの「純粋」というか装うことを知らないと思われる。 気が強くて、正義感があって、曲がったことが嫌いというわけで、何事にも屈しないし、 電球替えとか簡単な修理とか自ら買って出てやってしまう・・・ でも、それが普通であり、誰でもそうだよね〜と思っている清い人なのだったりする。 先日あった二十年来の友人がまさにその代表的例でした。
いわゆる女の子の特権をいかしている方たちは自分で何でもやらないし、甘え上手。 本当に何にもできないし、できないと思い込んでいる場合もあるし、演技とはいえないけど 一人で生きていける賢さを天性で与えられなかったから、代用で誰かに頼れる才能をもらったのだと思う。
本当は気が強くて、毒舌家な知人がいるが(既婚で大きな子どもがいる)見事にそういうものはオブラートでくるまれていて、見えない。 やさしそうにゆっくりとしか話せないし、外見も虫もころさぬ手弱女ぶりである。 そして意図せぬところで、隙をを創ることも出来る。
最近やせて指輪が回るようになったから、結婚指輪などを薬指から外していたら 同窓会に出た時、間髪いれずに男性から「結婚してないのか」と指摘されたという。 そんな指摘をされて一応、迷惑がっていたけど、話しを聞いていた負け犬体質な者たちは 指輪を外して、そういう場所にのこのこ行く方が悪いと一刀両断。 彼女は懸命に、大切な指輪が外れてなくなってしまったら大変だから〜といいわけしていたが それは確かにそうだけど、別のゆるくない指輪でもいいから薬指につけたらいいことだと思う。
このように負け犬でない女性は、無意識でも隙があるのだと思う。 彼女が意識的に男性を吸い寄せようとしていたなんて思わないけど こういう天性の隙は勝ち犬たちには存在しているのだと思われる。 だからいつまでたっても彼女たちとは話しが平行線なんだなあ、と感慨深く思いました。 もう今更、隙を作れ!とは言わないが、負け犬の友にはこう言う真実を知っていて欲しいと思ったりした。
とまるで負け犬体質だから結婚できない論者のように書いていますが 実際のところ、結婚は縁のものだと思っています。 こういう生活態度とか習慣は、お守りみたいなものと考えていいかな。 結婚して子どもがいれば結果オーライ、絶対に幸せとは限らない、それはこの本を読んでもわかると思うので 人間は死ぬまでわかりませんからね。
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