| 2004年05月24日(月) |
「いじめと妬み」 土居健郎 渡部昇一 PHP |
「いじめと妬み」を読んで・・有るものを無いという大人に読んで欲しいなあと思った。 いろいろと思い出したり、刺激されたので、しばらくこの本について書いてしまうかも。
かなり以前に、友人の披露宴の後、数人の仲間とお茶していたときに 子育て中の同級生が、子育ての方針をとくとくと語って聞かせて独壇場になっていた。 彼女いわく、食べ物は全部手作り、添加物とか農薬とか危険なものは一切口にさせないのだと言う。 すごいなあ、がんばってるなあ。学生時代にそんなに何かに取り組むタイプに見えなかっただけに感心した。
でもちょっと不思議というか、違和感を感じていた。 私もアトピーで、弱い体質だから、健康や食べ物に関しては普通以上に気を使っているけど そこまではしていないし、できないだろう。
子どもの為に、全て手作りで通す。これは生半可な覚悟ではなかなかできない事である。 ここでは省くけど、イバラの道といっても過言ではない。 ・・でも、だから、この同級生の影響下にはいたくないなあ、と漠然と思った。 無添加・無農薬大歓迎だけど、多分、私はがんばれない。 この勢いで強要されたら怖いよと思っていた。
上記の事を、この本を読んでいて思い出してしまった。 それと同時に連想したのが、戦う場面の出てくる子ども(向け)番組を放送するなという母親となんでも平等にしたがる大人。
この世の中は全然平等じゃないのに、平等だと押しつけるという学校とか 暴力は存在していて、いつ危険があるかもわからないのに、存在しないかのように教え込みたがる大人たち。
もちろん彼らには悪気なんてないことはわかっている。 平和の尊さとか、人間は平等に生きる権利があるとか、そういう当たり前のことを教育したいのだとわかる。
でも、暴力とか不平等がどういう事なのか、わからなかったら、知らなかったら それらからどうやって逃げればいいのか、立ち向かえばいいのか、わからないのじゃないかと思う。
世の中には辛いこと、悲しいこと。悪い人間、暴力をふるう人、自分に危害を加える人がいる。 だから、危なくなったら逃げないと、助けを求めないといけない。 平等でない故に苦しんでいる人がいて、自分にもイジメや暴力という事が起きるかもしれない。
そんな事、小学生でもわかっているんじゃないの?と思う人が大多数でしょう。私もそう思っていた。 でも、そうじゃないんだということが、考えさせられる。 いじめが原因で自殺した少年の例で、大好きな親に自分がいじめられてるという事実を伝えることが 辛いかもしれないと慮っていた。それは本当にそうだと思う。 「フルーツバスケット」高屋奈月著 白泉社でも、いじめを描いているけど、それと同じことが書いてあった。 私は、親に早々に自分がいじめに遭っていることを伝えたのだが、確かに恥ずかしいし、辛いことだったけど、 誰か赤の他人の口から私がいじめに遭っているなんて、親が知ったらそっちのが恥ずかしいかもしれないと 思い、いわれる前にいってしまえ、というかなり考えすぎなタイプだったから、逆によかったのかも。
そんな私のような特殊なタイプは除外して、 子ども、つまり経験のない人間は、大人が思うほど、危険から逃げたり、助けを求めるタイミングとかわからないんじゃないかと・・。 遠ざけすぎて、なるべく無いように見せないようにしてきたので、著しく、それらの存在が見えなくなり 自分の身に起きている、危険を危険と認識できなくなってしまう可能性があるという事を考慮しておかないとダメなんだろうなあ。
世の中は平等で、暴力もないんだよ。 胸をはってそういえる世界になるまで、それがあることを知らせないと いざ、そういう目に合ったときに、自分がどんな目にあっているのかわからないと どういう態度に出ればいいのかもわからずに、悲しい結末になるやもしれないのだと 大人こそが現実を直視して、頭を使わないとダメなんじゃないでしょうか。
温室育ち、無菌状態って本当にいいことなのかな。っと思ったのでした。 もちろん、無添加、無農薬食品は大歓迎なんですけどね・・・。
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