| 2003年08月18日(月) |
読書「いつか晴れた日に−分別と多感−」 |
いつか晴れた日にー分別と多感ー ジェーン・オースティン 真野明裕訳 キネマ旬報社
夏休みにはケーキ本を読もう!と思い好きな作家であるオースティン。 「高慢と偏見」とよく並んで語られる、映画化もされた作品です。(映画は未見) いつものように姉妹の恋と結婚の行方が、個性豊かな登場人物たちと共に語られるのですが 分別のある美しい主人公エリナという役割はオースティンの作品の雛型で、 また彼女の家族というのが困ったちゃんであるというのもセオリーなんですが、 今まで読んだ作品と違うところは、エリナの妹マリアンの目が覚めて、エリナ側の人になる所でしょうか。 ここは今までにないスッキリ感がありましたね。 その他はより一層財産=お金の話になっている。 男性も女性も恋愛感情より、楽な生活をおくれる相手を選んだり、目論んだりと 男性も仕事に就くよりも、財産をもらう、増やすことに心血そそぐ時代だしね。 そんなわけで美しい恋愛物語でないことは確か。かなり現実的ですわ。 それに悪党とよべるような人も出てこないから、ちょっと単調かもしれない。 相変わらずダメ女、ダメ男がわんさと出てくるんだけど、やや小物な気配です。 まったく相性悪い夫婦なのに、すれ違いながらなんとか続いているというのもよく出てきますね。
オースティンの作品を読み、こうして感想を書いていると、 まるで私もエリナとか高慢と偏見のエリザベスのように思慮深く、冷静な性質で、 そちら側の人間だと言っているようなのですが、実は私はどちらかというと マリアンとかダメ妹側の人間だった気がする。現在は調整中だというところでしょうか?
今回は特にマリアンの激しい思い込みというか、感受性に「うわ〜〜」と思いきり引きながら 「あぁっ恥ずかしい」と自分の事のように感じていたのでした。 自分の身に起きた幸運と不運をそれぞれ満喫して、喜怒哀楽の激しい、率直なマリアンは 今もなお私の中にちゃんといる。 だからマリアンが生死の境をさ迷って、姉の恋の事情も知り、初めて姉の真心を噛み締めて 姉の心強い味方になったのは、自分のことのように嬉しく感じられた。
それにしてもお金の心配のない結婚している女性像ってこんな昔から全く様子が変っていないのが やはりというかイタイというか。 「お子様ってやつは」というエッセイでも子どもを持つ女性の公園での会話が 離乳食や歩き始めた時期の話ばっか・と書いていたのを思い出しました。 エリナの親戚の女性がそんな話しかできないという所があった。
上記の人に限らず、話題が豊富な人がもともと少ないし、 半径500mで暮らしている、暮らすしかない人には普通のことなのかもしれないと思ったりもしている。 とにかく昔から人間も、男女のあり方もそんなに変ってないね、ってよっくわかる1冊。
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