| 2003年01月09日(木) |
なんでだろう〜?2件 |
この間映画を見たあと地下街を歩いていたら、目の前を若い男女が歩いていた。 男性の方が伸びをしたとき、上着が緞帳のように上がったのですけど(すぐにさがったけど(笑) そこにあったものはケツの割れ目。(まぁお下品。でも本当にケツって感じだったんだもん) といってもなんだかわからないけどぴったりした下着を身に付けていたので あくまでそのオレンジ色の下着(タイツみたいだった)が詳細にその男性の尻の形を伝えていたのでしたが。 その割れ目もオレンジの下着も全く見たくない代物。 どうしてこんなもの見なくちゃならんのだ?おい。何で見えたかは察しのよい方はお分かりですね。 ウエスト位置を下げる履き方が相変わらず若い男性の間で流行っているらしい。 んで、タイツは、寒いから?生は流石に出せないから? か〜っ情けない。そこまでして下げてはきたいものかねえ?ズボン。 あのスタイルって似合う人、かっこいい人っているんでしょうか? それとも何かメリットがあるのでしょうか?短い足を誤魔化すにはもってこいなのか? 「これならどこからが股下かわかるまい。」というのでしょうか? それなら仕方ない。足が短く生まれてしまった悲しみはわからないでもありませんから。
もう1つ 毎年遅れてくる年賀状があります。同じ人からです。もう何年も会っていません(10年くらいかなあ?) 毎年〜お正月気分がなくなった頃に届くのです。今年も昨日届きました。 今までずっと届いてから慌てて家に残っている年賀で返事書いていました。 私も決して自分からは出さないところが・・・(苦笑) でももう今年は出しません。そう決めました。(年賀状もないし) それでも来年届くのかなあ。来年も日記書いていたら結果を書くよ。
昔年賀状を出すのがかなり面倒くさいと思っていたナマイキ盛りの頃に もう一生会わないかもしれない人に出すのってなんだかな・・と思っていましたが 家族から「会わないかもしれないけど、1年に一回、お互いの近況を知るというのもいいじゃなか」みたいなことを言われて その時はそうかなあ〜くらいにしか思わなかったけど、最近その言葉の意味をかみ締めるようになった。 私には遠方に住む大切な友人が沢山いるのだ。なかなかあえなくてもずっと大切に思っている。 そういう人と細々とでもこうしてやり取りすることが大切に思えてきたのだ。 ようするに若い頃にはそれほど大切な人もいなかったという事かもしれない。
そんな成長した私でも出す気の失せる年賀状がある。 それが遅れてくる年賀状。 毎年、年末年始に旅行にでも出かけていて、ここまで遅くなるのでしょうか? でも、私が出していないのだからもう出さなくてもいいと思うのですけど・・・ ちなみに標準的には翌日に着く地域の方なので、〒事情でもないと思います。 本当になんでだろう? ハガキは手数料払ったら新しいものに変えてもらえますよ! 以前、書き損じたものや古い年賀ハガキを捨てているという知人がいたのでマメ知識。
このように毎年かならずマヌケな時期に着く年賀状と双璧なのが 何年も音信不通だった人から突然来る年賀状です。 差出人とはもともと親しいわけでもありません(語るべき話題も思い出もない人ね) こちらのほうは何か下心があるのではないかと多いに不安になります。 実際、そうしたハガキなどに気をよくして連絡してみたら妖しげな勧誘をされた場合があることをたまに耳にします。 ちょっと疑いすぎ?新年早々黒いかしら?でもこれが私の生きる路。 でもそういうのに限って字が思い切り汚かったり、ヘンテコな文面だったり、住所や名前が間違っていて 「本当に私に出したかったのだろうか?」と疑問が湧くのだった。 それにもし私が数年ぶりに音信不通だった人とかに郵便など出すのならそれなりに動機やら事情をかくぜよ。
もしこれを読んでいる人で、「ああっ私も同じことしていたわ。私も疑われている!」と思った方、これはあくまで私の想像なのでそんなに悲観しないでね。 でもやっぱり事情は書いたほうがいいっすよ。
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