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No-Mark Stall *




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柩を前に。 | 2008年09月03日(水)
淡い光の満ちる空間だった。
聖所と皆が畏れるその場所に、彼も震える足を進める。
靴が光溢れる床を踏みしめるたび、羽毛が舞うかのように光の粒がふわりと一瞬舞い上がり、ゆっくりと落ちていく。
さして広くないこの空間の最奥にはひとつの柩が納められている。

冷たい白色をした柩。
どんな衝撃を加えても傷一つつかない、堅固な死者の寝台こそがこの場を聖なるものと定め、彼を捕らえて離さない唯一の関心事だった。
光に埋もれるようにしてひっそりと置かれたその柩を前に、彼は敬虔なる神の僕のように、あるいはつれない恋人を前に愛を乞う哀れな男のように膝をつく。
「……我が主、<花冠>よ、たおやかな白い手の全知の御方」
柩に手を這わせ、彼はうっとりと呟く。
ひやりとした冷たく固い石の感触に苛立ちを覚えながらも、その目は恍惚として柩の奥を見透かし、横たわる人影に思いを馳せる。
彼の肩口ほどまでの小柄な背丈、強く抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢で柔らかなからだ、背に流れる艶やかな長い髪、花が微風に揺れるように笑う美しい乙女。
ついに触れることのかなわなかったふっくらとした紅色の唇と細い腰に思いを馳せ、彼は柩に厳かに口付ける。
それは誓いで、懇願だった。
「あなたの御手をもう一度いただくためならば、私は同胞の屍の山の上に独り立つことも恐れはしません」
彼は不敵に口元をゆがめる。
その微笑を受けて困ったように首を傾げる彼女の姿を柩の上に幻視して、彼は更に深く笑みを刻む。
乙女の眠りを妨げはしない。目覚めの時刻でもないのに柩を叩いて慈悲を乞うのは愚か者のすることだ。今の彼の役目はしかるべきときにこの柩を開け、彼女をもう一度この世に降り立たせることだった。
「それまでゆっくりとお休みください」
白い柩は沈黙を守っている。応えがないことにいささか失望し、そんな己の驕りに気付いて頭を垂れた。
乙女は今、どんな夢を見ているのだろうか。その夢に、自分は果たして登場しているのか。どんな端役でも構わないからそこにいたいと考えを巡らせ、そのたあいのなさに彼はゆるゆると首を振る。
「……けれど、そろそろ待つことには飽いて来ました」
近いうちにお目にかかりましょう、と彼は柩に礼をして踵を返す。
足早に去る彼の動きに反応して高く舞い上がる光の粒の渦の向こうで、柩の蓋がほんのかすかに、揺れた。

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ぶっちゃけ書いてる側もドン引きです(……)。
written by MitukiHome
since 2002.03.30