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No-Mark Stall *




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拘束。 | 2008年07月31日(木)
シアシェは溜息をついて部屋を見回した。圧迫感はないが真白い壁が目に眩しい個室には、これまた白いベッドと小さな文机と揃いの椅子が一脚置かれている以外は何も無い。壁に溶け込むような平らで白い扉には取っ手がなく、押したり蹴飛ばしたりどこかに掴むところがないかと弄ってみたが何の反応も無い。
「やっぱりもうちょっと考えて行動すべきだったかなぁ……」
閉じ込められた原因は分からなくもない。白い翼で大空を翔ける翼人たちは矜持が高く、人間を見下している。そんな翼人たちの住まう空中の<島>に人間がひょっこりと姿を見せたらこれぐらいの措置は取られて当然だろう。
下手をすると生きて帰れないかもしれない。
「まぁでもそれだったら問答無用で捕まえたときに殺しちゃえばいいんだし、こうやって監禁されるってことは私に何らかの利用価値を見出したか何か事情があるんだろうなぁ」
浮かんだ疑念をわざと明るい声を出して否定する。最近自分のことについては随分と投げやりになった気がしているが、それでも死というものををつきつけられると反射的に恐怖がぞわぞわと湧き上がってくる。僅かに震えた手をぎゅっと握り締め、シアシェは手持ち無沙汰な気分を紛らわすように衣服を点検し始めた。この島へ彼女を連れてきてくれた翼人が貸してくれた服だ、できれば汚すことなく返したい。
部屋と同じく真白い服は、銀髪の彼女が着てもあまり映えない。服のつくりはとても単純なワンピースで、丈は足首近くまである。胸元と裾には意匠が凝らしてあり、銀糸で翼を模した刺繍がぐるりとめぐらされていた。袖はなく、寒がりで普段長袖の服ばかり纏っている彼女にとっては肩が少々心もとない。これだけはもとから自分の持ちものである首飾りが胸元で揺れているのを確認してほっと息を吐く。
衣服に汚れも乱れもないし、首や髪の飾りも無事。繕いものがあまり得意でない彼女は、あとは裾を踏んづけて転んだりどこかに引っ掛けたりしないよう注意を払うべしと自分に言い聞かせて頷いた。

「しかし、これだけ長い時間放っておくつもりなら暇潰しの道具のひとつやふたつ欲しいところだわ」
今度は文机やベッドを観察していた彼女は、それにも飽きてぽつりとそんなことを呟いた。監視されている可能性は高いし、これを聞きとがめて暇に耐えられなくなった彼女が暴れ出す前に本か何か持ってきてくれないだろうかとだめもとでこっそり期待してみる。
「……ねむ」
単調で色のない部屋をじっと見ているのは思うよりも神経を消耗させる。
万が一逃げ出さなくてはならなくなったときのためにここは休んでおくべきだろう。暇潰しも来ないようだし。
そう結論づけてベッドにいそいそと潜り込み、彼女は目を瞑った。
白という色は嫌いではないが、視界を覆うこの闇の方がずっと彼女には近しいものだった。ゆるゆると息を吐き、意識を拡散させていく。
清潔な白いシーツは洗い立ての匂いがして心地良い。ほどなく彼女は穏やかな眠りについた。

*

「ライラ、君一体何をしたんだい? 上層部が大騒ぎだよ」
「……人間をひとり、連れてきた」
やっと事情聴取から解放された彼女を迎えに来たクレイルはその一言に眉を上げた。
「またばかなことをするね。そりゃ怒られるよ」
「……助けられたし、なんだか行き場がないみたいだったから。私の家からは出さないつもりだったし、口止めもちゃんとするもの。よくあることでしょ?」
翼人が下界と呼ぶ地上で不慮の事態に遭い、その際に助けてくれた人間を島に招いて礼をするというのは時々あることだった。彼らは自らを神に次ぐ高位の生きものだと自覚し他を見下す傾向があるが、些細なことであっても恩には丁重に報いるべきだとも考えている。翼人たちの矜持の高さは傲慢さをもたらす一方で、高潔さや誠実さなど翼人たるにふさわしい高い資質も本人に要求するのだ。
「まぁ、ないとは言えないことだけどねー。申請は出した?」
「出した。出したから呼び出されたのよワケわかんない」
「……じゃ、連れてきた人間が特殊だったのかな。でも、魔法師ぐらいじゃ拘束までされることはないと思うんだけどねー」
魔法師は魔物と契約を結び使役にすることが出来るため、存外に狡猾な彼らが魔物と同じく魔力で生きている翼人たちを見て欲を出さないよう注意する必要があるが、大抵の者には彼らを無理矢理従わせるような強大な力はない。そこまで強い魔法師もいることにはいるが、彼らは翼人の顔見知りがいたり高位の魔物を従えている場合が多く、翼人に手を出すことは考えないだろう。
そのため翼人には彼らを危惧する理由は無い。それどころかむしろ近い世界に生きているために接触が多いせいで招かれる人間の多くは魔法師なのである。
「札付きかなーそうすると面倒だなー」
「見た目は十代後半か、多く見積もっても二十代前半ぐらいの女の子だったけど。大して強い魔力も持ってなかったし、私のことも純粋に驚いて興味津々、って感じだったわ」
「まぁ翼人なんて地上じゃ滅多にみかけないしね。どこで会ったの?」
「ええっと、北の方。例の<塔>の近くまでうっかり寄っちゃって落ちた」
簡単に<塔>と呼ばれる建物の近くには膨大な魔力が妙な渦を巻いている。うかつに近づくとこちらの魔力を乱されて墜落しかねない危険な領域だ。
「そりゃばかなことしたねー……って、北の<塔>? その近くにいたのその子?」
「いたけど、それがどうかした?」
「そりゃ拘束されるわけだ。最近のあのあたりは普通の人間が近寄れるところじゃない。まず間違いなく<塔>の関係者かそれに近いところにいる人物だよ。警戒されるに決まってる」
「……そう、……なの?」
そうとも、とクレイルは頷いた。ライラは島の外で育ったせいか内部のことに未だに疎い。真っ青になった彼女はうずくまってしきりに何事か呻いている。きちんと言葉になっていないので上手く聞き取れないが、おそらくは拘束された友人への謝罪と自分への罵倒なのだろう。表情がよく物語っている。
「まぁ大丈夫だよ、ライラ。本人がたとえあの不気味な<塔>の住人であったとしても、僕たちに害を与える存在でないと判断されれば解放されるから」
「ほんとに? あの腹黒い連中が? ほんとに?」
ライラは上層部をあまり信用していない。それももっともなことだと思いながら、クレイルはもう一度頷いた。
「だってもし彼女が<塔>の住人だったとするよ? 背後に何がいるかも分からないのに彼女に危害を加えてご覧、下手するとあそこにいる何かがここを襲うかもしれない。そんな危険は冒さないさ。僕たちはあまり<塔>には感心がないし、関わらずに済むならそれにこしたことはないと皆思ってるよ」

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最近頭の中でぐるぐるしているひとたち。
承の部分がすっこぬけたままなのでまだ書けない。どうしようかなぁ。
written by MitukiHome
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