日々妄想
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2012年04月01日(日) 小話「口笛」 屋敷時代幼少



自分の迂闊さを呪ってはみるが、後の祭り。
ガイは腰に片手をあて、もう片方は顔を覆って、はあっと深々とため息をつく。
「ほら、やるぞ。ガイ」
ベッドの上で胡坐をかいて、わくわくとした顔でルークはガイを見上げる。
こうなったら一歩もひかない性格はわかっている。
ガイは腹をくくって、ベッドの端に腰を下ろす。
「いいか、ルーク。これは、旦那様や奥様の前では勿論、ラムダスさんやメイド、騎士の前でも、そしてナタリア様の前でも絶対やっちゃだめだ」
「……ヴァン師匠の前でも?」
「勿論。いいか、これは二人の時だけ。
約束できるなら教えてやる」
真剣な表情で顔をよせるガイの必死さがおかしくて、ルークは思わずにんまり笑ってしまう。
「二人の時だけ」、もう少しルークが成長すれば「秘密」と置き換えられるこの言葉は、いつもルークの胸を沸き立たせた。
コクコクと首を振るルークに、ガイは疑わしそうな視線を送る。
「約束しただろー。早く教えろよー」
痺れをきらせたのか、胡坐をかいたまま前後に身体を揺らし始める。
癇癪を起こす一歩手前だ。ガイは折れて、もう一度ため息をつく。


ペールの庭の手入れを手伝っている最中のこと。春の陽気に誘われて、つい口笛なんて吹いてしまった。
隣でペールが「ガイラルディア様、お行儀が悪いですぞ」と小声で諌める言葉に、にかっと笑う。
まだガイも15歳になったばかりで、無作法な事をするのが楽しい年頃なのだ。
だが、花を植えているその手に小さな影が差した時、ガイはすぐさま後悔した。
「ガイ、今のなんだ」
記憶障害のため真っ白になって帰ってきたルークも、一年も経てば実年齢よりいくつか幼くはあるが一人でなんでもこなせるようになってきた。
ただ問題があるとすれば、押し付けられる勉強よりも、自分の好奇心を満たす方に尽力を注ぐのだ。
「今のって?」
この場はうすらとぼける事にする。チラリと横目でペールを見るが「だから、申し上げたでしょう」という表情で、助け舟を出すつもりはないらしい。
「今の!ほら、口から音出してただろ。俺はちゃーんと聞こえてたからな」
ごまかされないぞ、とばかりに腕を組んで見下ろす視線の強さに、ガイは降参と胸の中で白旗をあげた。
「口笛だよ。ほら、唇をこう…尖らせて」
ピューっと音を鳴らすと、ルークは目を大きく見開き、次には「俺にも教えろ」と詰め寄ってきた。
「無理無理。俺は、ほら、ペール爺さんの手伝いあるしな」
「もうここはいいから、ルーク様のお相手をしてあげなさい」
ニコニコと笑って退路を断つペールに、恨みがましい視線を送る。
「決まりだな!さ、教えろ」とガイの腕を掴んで立たせようとするルークに、がっくりと肩を落とす。
「わかった。じゃお前の部屋で教えてやるから先に戻ってろ。俺はこの泥だらけの手を洗ってくるから」
ぱあっと顔を輝かせると「わかった!」と言って駆け出す。途中振り返り「早く洗ってこいよ」と釘を刺すのも忘れない。
ラムダスさんにバレたら大目玉だな、と呟くガイに
「ええ。貴族の子息のやることではありませんからな」と笑いながら、ガイの口笛についてペールは当て擦る。
う、と言葉につまり、それから「悪かった」と素直にガイは謝る。
「わかっていただければ結構です。ほら、早くしないとルーク様が焦れて大声を上げだしますぞ」
「わかった」
慌てて駆け出すガイの背をペールは見つめ、それからやれやれとため息を零した。


という事で、音が漏れないように窓をしめて、二人でひっそりと口笛の練習が始まった。
「まず息を大きく吸ってー。吐く時に唇をすぼめて。そう、息の通り道をつくって。ほら、こんな感じで」
少し唇をつきだしながら、ぴゅーと音を鳴らす。
ルークも言われたとおりにしてみるが、スーっと息が通るだけだったり、ひゅーとすかした音しか出てこない。
教えろと駄々をこねてはみたが、今度は早々に飽きてきだす。
「もう止めるか」
「…………」
ルークは逡巡する。
その様子をガイは口を挟まずに見守る。
やーめた、と早々に放り出すか、意固地になるか。さあ、どっちだ。
「やる!」
今日は後者だった。思わず深く息を吐き出した。
「じゃあ、えーとな。お前はく息が強いんだよ。もっとそっと。だからって弱くてもいけない」
「どっちだよ!」
「だから……。あー、もー、手の甲貸してみろ」
差し出された手の甲を掴むと、それにむかい、ガイは口笛をふく。
すーっと息が手の甲にかかるのを、ルークはなんだかこそばったいような気持ちになる。
「こんな強さ。わかったか?」
手の甲を掴んでいた手ははずされた。
だが、ルークはじっと自分の手を見つめている。
それから、はあっと息を吐きだす。
「ガイ」
「ん?なんだ?」
「どうして、ふーっとした息と、はーっと吐き出した息って温度ちがうんだ?
はーっのほうがあったかい」
「……はあ?」
「だーかーら。ふー、と、はー、はなんで温度が違うだよ」
ルークの新たな好奇心に火をつけてしまったようだ。
「勘弁してくれよー」
ほとほと困り果てて天を仰ぐ。もう口笛なんて絶対に吹かない。



口笛ふくよりため息ばかりつくようになるガイ
思春期真っ盛りの頃は、ペールにちょっと逆らってお行儀悪い事わざとしてたら可愛いなあ。






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