銀の鎧細工通信
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2009年09月18日(金) |
098:何処までも続く紅い海 (近高そよシリーズ、土方サイド後日談) |
陽射しが白く光る。斜めから差し込む光は土埃さえもきらきらと輝かせた。それを目にして、縁側でだらりとくつろいでいる2人の男が、秋だなあ・・・などという感慨を抱いたかは定かではない。 「え。うわ、きみたち寝てたの?」 「年数回。ここしばらくは一度も」 日も高いうちから閨でのことを明け透けに話す様は、まるでデリカシーの欠片もない。ひとりは年齢的にも性格的にもともかくとして、もうひとりは10代の後半である。初々しくも瑞々しいその年頃に、随分と爛れた言葉を口する。 「あん人ぁ…なにかを選ぶんだろうとは思ってたけど、よりにもよって山崎とはねぇ…」 「はは。俺は総悟くんだけはないとは思ってたけどね」 間髪入れずに乾いた笑いを浮べた男に、沖田がちろりと醒めた目線を送る。感情のこもらない声音で「なんでですかぃ」と問われても、男は頓着しない風のまま半眼で庭を眺めている。銀の髪がふあふあと秋風になぶられていた。 「怒んなよ。あいつに惚れてたわけじゃあないだろ」 「ないですね。俺のはただの執着でさ」 「あ。判ってたんだあ」 さも驚いたという風に目を丸くして、男はようやく沖田のほうへと顔を向けた。肘を枕に寝そべっている姿勢のままなので、沖田は首がどうにかなりそうだ、とさして関心もなくぼんやりと感じた。 「…喧嘩売ってるんですかぃ」 その赤に近い濁った目を覗き込んで、沖田は静かに呟いた。銀の髪に赤い目はさながらアルビノなのだが、鮮やかな透明感がほぼ皆無に近い。その男の色彩。深い色味がさまざまに混濁した目だ。そんな風に考えている沖田のほうも、感情の色のおよそない、透き通った人形の硝子球の目のようだとしばしば揶揄された。 「ふ、ちげーよ。ただなあ…手練手管はからっきしだけど、人を本気にさせないことにだけは気を遣ってたなあと思って」 「全くでさ、あんな隙だらけのお人がよくもまあそんな真似してたもんでぇ」 2人ともその思惑が成功していたかについては敢えて触れない。ただ頭の中をよぎるのは、どんな風に身体を重ねようとも決して心を開こうとはしない男の黒い影だった。ならばはじめから物欲しそうな表情を浮べたり、ましてや捻くれた遣り方で袖を引いたりなどしなければよいのだ。 莫迦げているほど気位の高い男がそんな真似をしていたのは、ただ寂しいからだという理由ではなかったろう。何かを紛らわすためであったり、誤魔化すため、己を奮い立たせるため、足を開いて己を叱咤するようなことだったか知れない。他人のことなど何ら頓着しない傲慢で身勝手な男。そのようにあろうとした男。自分も他人も踏みつけてでも、望んだものへと突き進むことだけを求める、酷く不安定な前傾姿勢。開かれた視界などおよそあったろうか。 「しっかもよ、それで本気になっちゃったのがアレよ、おたくの監察!」 沖田は露骨に顔をしかめた。がっくりと項垂れる。どいつもこいつも莫迦ばかりだ。 「もう駄目だ、うちの組織…」 「やーな話だねえ、これあとどんくらい兄弟いると思う?」 (あ、そういうことかぃ。・・・そりゃそうだ、旦那はうちの組織の人間じゃあねぇわけだし) それこそ沖田は考えたくもなかった。うんざりする。牽制のつもりか、沖田の上司はそれはそれは手広く手を付けていたことだろう。しかも女はのめり込まれ詰め寄られることを懸念してか、先ず手を出していない。それがますます病的だと脱力を誘う。よくもまあ、真選組の副長は男狂いだと噂されなかったものだ。そこでまた、沖田ははたと気がついてますます気が滅入る。 (そうか。それも、アイツの仕業か) 「たぶんザキはやってないですぜ」 「えっ、嘘マジで?それ山崎くんどんだけ本気なの?ヤバくない?」 「ヤバいもヤバくないも、末期だろぃ」 末期だ、と沖田は心の中で繰り返した。山崎は有能な人間だ。本気になったら大抵のことは見事にやってのけるだろう。頭の切れで云えば、それは沖田自身はおろか土方をも凌ぐような気さえした。 「はいはい、2人ともわかりましたからどっか行ってください」 「きゃーやぁだ盗み聞きぃ?」 沖田は一瞬肝が冷えた。そんな己に内心舌打ちをする。山崎という男の油断も隙もなく(後者は云い過ぎかとすぐさま考えたが)、抜け目のない様はひとつひとつ考えてみると結構に恐ろしい。最悪なことは、山崎が器用だということだった。思ったことを的確に表現できる才覚は、この隊では極めて珍しいものだ。銀時のあげた間抜けな声色に少し安堵する。 「それも仕事のひとつですけど、部屋の前で話されて盗み聞きも何もないと思うんすよねえ」 襖にもたれて呆れた風に山崎がぼやく。中肉中背というには小柄で細身、つまりは貧相(沖田自身は成長期なので自分のことは棚に上げた)。造作が整っているわけでもない、また不細工でもない。見た目はとにかく地味の一言に尽きる。表情の作り方は圧倒的に巧みだ。とぼけて見せるにしても、真摯を装うにしても。沖田は飄々としているようでいて、その実結構に粘着質で依存気質だ。自覚があったのかと揶揄されたが、いい加減気がついている。そう云った当の銀時は、飄々としているその中身は沖田にはいまだ底が知れない。何を考えているのか、わかりやすいようでいて、根っこの部分が全く見えない。そして山崎。おそらくはもともとの性格が飄々と淡々としているのだ。そんな男が本気になったのなら。 「大体そんな話、副長の前ですればいいじゃないですか」 (なんてことも、けろっと云っちまわぁ) 「ちょっ…!沖田くん聞いたあ!?酷い男だな、おーい」 先ほどからの銀時のヲネエノリもよく理解できない。 「なんでですか。俺に云ったって仕方ないでしょ」 嘆息と軽い笑いを含めた声が頭上から降ってきた。 何の気負いもない。構えた素振りも一切ない。けれど、何かは変わったのだ。確実に、あの時。
大政奉還が成され、幕府が解体したあの日。
近藤が、よれよれの高杉に肩を貸しながら「連行」して来たのを、土方は酷く穏やかに見ていた。尤も、動揺すればするほど土方はそれを押し隠そうとするだろう。ただそうと判って注視していれば、まず何がしかに気がついてもよさそうなものだと沖田は思っていた。土方は普通だった。冷たいとすらいえるほど涼しい顔をして、てきぱきと留置の指示を出していた。そうしてシニカルな微笑を浮べて『全く手のかかる大将だな』と近藤の背中を軽く叩いて見せたのだ。 (強がり?・・・いや、あれは違う) 山崎はまったく変わっていない。変わったとしたら、それは。 土方の切羽詰ったような凄みのある眼も、冷徹な顔の下で蠢くような情動の気配も、近藤へ向ける雰囲気の特別さも、そこはなんら変わっていないというのに。 (何が、変わった?) 沖田は首を傾げた。そのまま山崎へ目を向けると、それを察した山崎が『ん?』という風に善良そうな顔でゆるく首を傾げ返す。半官半民として暫定運営している隊の切り盛りで、だいぶん疲れた顔をしている山崎。やはり沖田には何を考えているのかわからない。否、何でそういう風にあれるのかがわからない。 (わからなくていーや。わかりたくもねぇ) その時廊下を勢いよく曲がり、ずかずかと突進してくる真っ黒な影が3人の視界に飛び込んできた。 「万事屋ぁああーーーー!」 影は怒鳴りながら、寝転がっている銀時の腹にサッカーのゴールキックもかくやという鋭さで蹴りを入れようとする。実にだらけきった姿勢から、不思議なほどの敏捷さで銀時がそれをかわす。 「っんだよー、そんな血圧上げちゃって。何?マヨ切れ?発作?」 「うっせえぞこの糖尿!てっめ折角くれてやった仕事ほっぽらかして何くつろいでやがる!」 わかってないなー休憩がより良い仕事をもたらすんだよ土方くーん等々、逆鱗をぺしぺしと叩くような軽口を、極めてけだるい様子で口にする。ぎらりと瞳孔を開かせ、裂けるように口角がつりあがったかと思うと、「てめえもだザキィ!油売ってんじゃねえぞ」と怒号とともに裏拳が山崎の顔面にヒットした。 何も変わっていないのに、何かが変わったと思わされる。それが何かは沖田にはわからない。たぶん銀時にもわからないだろう。きっと、わかりようもないし、わかる必要もないのだ。 沖田は静かにそう感じた。
END
近高そよの土方サイド後日談でした。 狙ったわけではないのですが、自然の流れで 近藤←土方←山崎 ←沖田 (←銀さん) にもオチ的なものが見えたのでまとめてみました。 たぶん、沖田のミツバ絡み含めての土方への執着は大体片がついた気がします。 うちの銀さんは、ここ数年は土方への好奇心よりもいたたまれなさのが勝っていた風なので、やっぱりこれでヤレヤレとか思ったかも。 とは云え土方が近藤さんを好きなのは、愛して止まず、近藤教の盲信者なのは変わってませんし変わりません。それとは別に、土方が必要な存在を認めただけっていう感じです。 今後山土以外の土方受けを書かないかというと、そんなこともないでしょう。
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