銀の鎧細工通信
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2009年06月25日(木) 084:あれは遠くに捨て去った、遠い昔の甘い夢 (BASARA、半兵衛と秀吉)


 「半兵衛、少し休まないか」
 秀吉は手ずから盆を持ち、そこから湯飲みを手渡す。どこか呆けたようにそれを見つめ、半兵衛は「うん」と頷くと紙を丸め、「ありがとう」と云ってそれを受け取った。これもどうだ、とよく冷やした梅の甘露煮を差し出された。
 「それは?立派な梅だね」
 「ああ、領地を見て回った時に、見事な木があったのでな」
 知っていた。
 田畑を検分している際に、その大木を目にした秀吉は「この梅の実を我に売らぬか」と申し出たというのだ。領主である。大名なのだ。何も云わずもいで去ったとしても誰も文句は云わない。云えない。それなのに秀吉は木の生える庭の主に許可を取り、そしてそれに正当な代価を払って正当に買った。無体な強奪などしない男なのだ。できないのだ。
 「あまり根を詰めすぎると、身体に障るぞ」
 「ふふ、肝に銘じておくよ」
 時々、半兵衛は秀吉が病に気がついているのではないかと思うことがある。気付いていて黙っているのではないかと。どちらでもいいことだった。構わない。つまらない同情で半兵衛を労わることを、半兵衛は決して赦さない。それを秀吉も重々承知している。2人には目指すものがあった。
 世の荒波を鎮める圧倒的な力、無益な殺戮にたったひとつしかない命を弄ばれることのない世界。
 秀吉が力を求めたのは、己を誇示するためではない。個人的な野望でもない。彼はただ、奪い奪われることを嫌ったのだ。守るために、捨てたのだ。
優しい、人なのだ。
 ふ、と一息つくと、秀吉は窓外の夕焼けをじっと眺めていた。自分に残された時間に限りあることが、たまらなく口惜しい。同時に、半兵衛はこの落日のように限りあるものだからこそ、美しく心に残るものがあることも承知している。
 (遅かれ早かれ・・・なんだ。だったら僕は、少しでも僕にできることをなそう)


 何故秀吉が力を求めるようになったのか、詳しい経緯は知らない。ただ、力が無いということは奪われ、踏み躙られることだと思ったようだった。そうしたことが世から消えればいいと願ったのだろう。そのためには、自らの手を空けておかなければと思ったのだろう。
 最大の弱みである、愛する細君を殺すほどに。
 守りながら切り開いていくことは困難だったろう。魔王の細君のような女ならばともかくとして。彼女はか弱い人間だった。戦いを好まず、話し合うことで解決に導いていける穏やかで聡明な人だった。そんな人間が踏み潰されていくのが、今の乱世だ。
 (慶次くんは未だわだかまりを抱えているようだけど・・・)
 『あの人を責めては駄目』と彼女は云った。涙を流し、ひどく震えながらそれでもためらう秀吉を、無言のままに促したのは彼女だ。柔らかく穏やかに微笑んで頷いた。
 (秀吉の枷に、重荷になりたくなかったんだろうか。それなら、僕だって同じだ)
 『本当に大切なものを思い出させてやる』と彼は云った。『昔のお前に、もう一度会いたかったよ』とも。
 (秀吉は忘れているわけではない。変わったわけでも)
 秀吉は総て覚えている。多くの痛みを、ありあまる輝かしい愛しいものを。ただ彼は、選び、決めただけだ。大切なものなら、彼は嫌というほど知っている。忘れられるわけがない。
 (秀吉が僕の身体のことに目を瞑るように、僕も秀吉の想いを見ない振りをする)
 今更慶次の望むようなことを云い、覇道を諦めたとして何になろう。知ってしまったものはなかったことにはできないし、殺めてしまった女も戻らない。秀吉が戻れるはずがないのだ。戻らないために、断ったのだ。
 (それで、いいんだ)
 「つめたくて、美味しいね」
 はっと我にかえったように、秀吉は半兵衛に向き直る。そうか、と少しばかり目を細めて頷いた。彼の作る世界は、きっと美しく優しいだろう。穏やかなものになるだろう。この国を強くすることは、穏やかで確かな力を蓄えることでもある。誰もが心をひとつにして守りたいと思えるもの。確かな日常。
 (秀吉は、それを知ってる)
 幼い頃から軍略の才を買われてきた半兵衛は、それを知らない。平和で確かで優しく暖かい日常を、知らない。自分は戦の世でしか生きられなかったろう。それを知っている。ただ、確かな毎日がきっと人を強くすることならば、こうしてふと秀吉から教わる瞬間がある。何事も起こらず、謀略をめぐらせず、打算と下心の読みあいもせず、ただそこに在ってやさしくしあうこと。そのかけがえのなさ。
 (僕は、それを知らない)
 
 でも何となく想像できるようになったんだ。絵物語や知識としてじゃなくて、実感として。それ以上を僕は望まないよ。その世界が訪れる頃には、僕はもういないだろうから。僕は戦世に生まれて戦の中で死ぬ、それで充分だ。
 君の心も見ない振りをしよう。気付かない振りをしよう。

 それでも僕は知ってるよ。君がどうしようもなく、哀しいほどに優しいことを。
 「日が長くなってきた、きれいな夕焼けだね」
 「そうだな。実に見事だ」
 こんな風にして、ふたりで見た夕焼けを君が忘れないことを。僕のことを、君が忘れないことを。







END


あー消化不良!!!!
本当に豊臣は切ないです。やばいです。どうしよう!!!!!
もうね、こんなんじゃないんですよ!ちがうんだああああああああ!!うまいこと言葉が追いつきまへん。豊臣+KGの切なさは異常。どうにも絶対平行線。どっちがいいとか悪いとかじゃない。原因があって結果がある。
強いて云うならKGの汚れなさは、あの目の瞑りっぷりにはある意味慄きます。
あー・・・また書きたいな半秀(そうなんです私ははんひでですよ)。
無印2の半兵衛ストーリーとKGストーリーやりたいぜ・・・そしてひでお(英雄)のKGストーリー・・・あれは痛すぎた。辛かった。

BGMはまたしても「落日」東京事変
同じ曲をしばらくエンドレスで聴くのは仕様です。


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