銀の鎧細工通信
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2009年04月06日(月) linoleum (有栖川有栖×江神)

 桜でも銀杏でも、大きな樹木がぎしぎしと伸ばした枝から花や葉を散らす様は、いつも彼を不安にさせた。



 「江神さん」

 「おう、アリスか。なんや、どうした」

 江神は静かな人物である。所作も、存在も。基本的には言動も。
 長身に見合った伸びやかな手足を折りたたむようにして、ゆったりと樹にもたれていると、さながら樹木に存在を溶け込ませるているような印象が強い。それを意図しているのかと勘繰りたくなるのは、江神は上背も高く、機能美そのものとも呼べるしなやかな筋肉を纏い、あまつさえ整った顔立ちをしているからであった。本来なら人目をひく容貌を持つ江神二郎という、その人がいつだって悠然と、或いは茫洋と周囲に埋没している様は、アリスには酷く不穏な気持ちを抱かせた。その名を、不自然という。違和感とも。
 「なにがです」
 キャンパス内で出会うことがそんなにも変わったことだろうか?と言外に込めて小首を傾げてみる。
 「いや、ええわ」と云いながら、江神が自身の眉間を細長い指で突付いた。アリスがそれを見て、自分の眉間に指先をあてる頃には、もう立てた膝の上に置いた文庫に顔を向けている。
 「授業はもう終いですか」
 そちら、の世界へ行ってしまっている様も、不安をざわりと掻き立てる。アリスは「僕はさっきので終いでした、学館にでも行こかと思うてたところです」と問わず語りをしつつ江神の横に腰を下ろした。読書の邪魔もせず、かといって存在を忘れてしまう距離でもない。
 アリスのこうした気遣いというか、対する人間に緊張や警戒を与えないところが江神は好ましいと思っていた。予め相手の心情に前置きをする配慮とでもいうか。もっとも、それをアリス自身は自覚しているのではなく、ごく自然に行っているのではあったが。
 比較的思っていることが表情や身体に出るわりには、それが押し付けがましくない。アリスにはつい余計なことまで話してしまう、という者が多いのにも頷ける。これはアリスの持つ愛嬌なり美徳だろうと江神は思いつつ、「そうか」と返した。
 自然体。
 ホメラレモセズ、クニモサレズ、
 ああ、賢治やな。と思ったところで江神は顔を上げた。アリスはキャンパス内を行き交う人の姿をぼんやりと眺めている。
 生来のものか、或いは。
 7歳下の、まだ少年の雰囲気を残しているこの生きものにも、何かそう振舞うようになる動機があったのだろうか。自分には知る由もないのだけれど。と、江神が散漫に思考をめぐらせていると、アリスがふいに江神に振り向いた。他者の視線に、自然に反応できること。それを哀しいものだと漠然と感じる。俺は傲慢なのだろうか?
 先ほどと同じく、否それよりも露骨にアリスが怒ったような不安なような表情を浮べている。
 「なんや。さっきから。なんかあったんか」
 さしたる抑揚もなく淡々と江神が言の葉を紡ぐと、アリスはぐっと思いつめたような目をして、俯いた。遠くの方で女生徒の甲高い笑い声が響いてくる。
 「べつに、云いたないんやったら、かまわんのや」
 江神はそう呟いて、傍らに放り出してあったキャビンを手にする。ふわ、と煙が横に流れて掻き消える。風が出てきたようだ。アリスはまだ俯いている。何かを見ないように。
 すると、ざ、と葉擦れの音がして、一層風が強くなった。江神の長い髪がゆるくうねって頬にかかる。煙草の火で髪が燃えることを厭い、するりと前髪をかきあげると、アリスがまた眉を歪ませて江髪を見ていた。
 「お前、変やぞ」
 ぱちりと瞬いて、咎める風でもなく江神が云うと、アリスは「変なのは、江神さんのほうですやん」とくしゃりと顔を歪ませた。
 これではまるで自分がいじめているようではないか、と片方は思ったし、これではまるで駄々ではないか、と片方は思った。
 





 なんだかあなたは、はじめから自分はいなかったとでもいう風に、極力さりげなく在るようにしていませんか。
 いなくなるつもりですか。
 どこかへ行くつもりですか。
 どこか、自分を知らない、縁もゆかりもないような、しがらみもつながりも薄いところへどんどんと流れて消えていくつもりですか。
 そういえばそないな奴おったなあ、と云われるような、そういうものにあなたはなりたいのですか。
 なるつもりですか。
   


 はじめからいなかったように? 
 季節ごとに去り行くもののように?







 アリスは、それらの言葉をとてもではないが云えはしないと唇を噛み締めた。口にしたら、それは立ち入りすぎで踏み込みすぎで、江神には「なにゆうとるんや」とあえかな笑いではぐらかされ、そして何かを確実に隔て壊すだろう。とてもではないが、云えはしない。
 図体ばかりは大きいくせに、頭だってよく回り、顔だってよくて、それなのにどうしてこの人はこんなに、こんなに絶望的に儚いのだろう。
 何が江神にそうさせているのかは解らないし、それは江神が好き好んでしている振舞いと表裏一体で切り離せないだろうとも思えた。
 尊敬と憧れと、敬慕の念が増せば増すほど、江神という人はあやふやに霧消していくような不安に駆られた。舞い散る花弁を掴めないように、はらはらととめどなく散ってゆく木の葉のように、観念とも諦めとも自棄のようにも思えるそれで、江神はそこに在るのに、何かをいつも落としている。
 その、あまりのあてどなさに、アリスは泣きたいような気持ちになった。
 江神の表情を髪が覆い隠す。なびいて、江神がどんな顔をしているのか判らない。
 「えがみさん」
 思わず名を、呼ぶ。本当は縋りつきたいくらいの焦燥がアリスの中にはあった。

 
 「飯でも食いにいこか」
 江神が煙草を揉み消して、それをパッケージとそれを包むフィルムとの間に押し込んだ。
 腹が減ってるわけじゃ、ないんだけどな。
 それなのに、この人が、自分を、他人を気にかけることがこんなにもうれしい。まだ、こちらにいてくれるのだと思えるから。











END



初、有栖川。
SSSみたいな。超ミニ話。
もうね、江神さんがね、好きすぎてやばいってことなんですよ。
あまりのことにアリスまで巻き込まれて儚くなっちまいますよ、そりゃもう。江神さんの儚さってなんか異常。存在が異様。まったく異様さを感じさせないのが、異容。なんなの、この人。どうしたらいいの。どうしよう。
ルサンチマンとかトラウマとか弱さとか脆さとか抱えて、それでギラギラしたり毒吐いたりしそうなイメージの火村にさっくりハマったほうがまだ救いがあった気すらする。いや、それもどうかな。
ていうか私の中では江神さんは168センチくらいで、ちょっと猫背で、別に美形でも何でもないもっさりした風貌を想定していたのだけど、長身で体格のいいイケメンとかなんだそれは。何事だ。大変なことじゃないか。勘弁してくれ。
誰か、江神さんをなんとかしてくれ。
で、何故か江神さんの風貌によつばのとーちゃんのイメージが強いのもどうにかしてくれ。
なぜだ、髪が長いからか。そして私が当初想定していた風貌に近いのがよつばのとーちゃんか。なので、なぜか、志度の風貌にヤンダをイメージしている自分とか、違う!やめてとめて!全部妄想なのに!>月光ゲームしかまだ読んでいない。
元絵描きの意地なのか、ちょっと江神さんを自分の絵でイメージさせることにいやにムキになっています。躍起。
本当はアリス視点で書く予定だったのに、書き始めたら江神さんが意外と喋るので驚いた。でも私には彼の視点や思索や視座は書ききれないんだろうに・・・どういうことかな、これ。

BGM:ハナレグミ「家族の風景」
 
あ、あとあれ。
生粋関東人の鉄火には、関西方面の言葉の出てくるジャンルは鬼門です。
大阪も京都も奈良もわからないよ・・・!!!
大阪の言葉なら友人に訊ける・・・か。うん。
方言で親和性が高いのは博多弁です。ネイティブに間違えられたこととかある。 
 
もう坂本や陸奥の方言だけでいっぱいいっぱいなのに・・・!すきだ、江神さん、すきだ。なんかもうやばい、しんどくなってきた。好きで。




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