人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2005年06月25日(土) |
勉強が出来なくたって |
生活力を育てるということ。
キャベツが冷蔵庫内に余っていたこと、近所のスーパーで豚ひき肉とニラが特価だったこと、餃子の皮が20%割引で赤札ワゴンに入っていたこと、より、夕食に餃子を作ることにした。
それで昨晩、親の敵のような勢いで材料を切って捏ね、ちまちまちまちま餃子を作っていたところ、夫が突然、「俺もやってみる」と言い出し、ダイニングテーブルでふたりでやることになった。夫の実家は数年前まで自営業をしていて、それを手伝っていた義母には料理する時間があまりなかったことから惣菜が多く、夫はハンバーグも餃子も「外で食うもの(買うもの)だと思ってた」という家庭で育ってしまった。私と暮らし始めてから、「それって家で作れるんか〜〜」という感想が多々聞かれている。私からすれば、「えええ?! 何言ってるのよ」とカルチャーショックなことも多い。
そんな、手作り餃子初心者の夫は、初めて手に取る丸い餃子皮を片手に真剣な表情で取り組んでいた。小学校に上がった頃から実家で手伝っていた私にとってはすでに慣れた作業であったが、夫は「ひだが3つにならない…」「破れた…」「(具が)はみ出した…」と悲しげに呟いては不恰好な餃子を皿に並べてくれた。 私にも、この不恰好な餃子たちには見覚えがある。家事を手伝い始めた頃の私や妹の餃子も、具が少なく、皮が破れて中身が勢いよく出ていたものだ。でも、そんなのを母の包んだきれいな餃子の間から見つけて食べるのが、嬉しかった思い出がある。 そして、余らないようにと目分量で分けていた具も、夫の手伝いで1個分くらい残った。これも、私が子ども時代に母の手伝いしては余らせ、「団子にして焼こう」という方法で食べていたのでそのとおり実践。
ふたりで25個の餃子を作り終え、焼く。夫は自分で作った餃子をうまいうまいと食べていた。見た目はどうあれ、具の味付けは私なんだが。 そのうち、この腹の子も大きくなり、包丁も持ったことも食事の支度を手伝ったこともなかった夫をここまで育てたように、子も育てることになるのだろう。学力はそれほどでなくても、生活力だけはしっかりとした子になって欲しい。
伸びてくれよ。
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