人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年04月08日(木) |
あなたを泣かせたのは、私 |
まさか、あなたが泣くなんて。
彼とふたりで、目当てのテレビ番組終了後のニュースをなんとなく見ていた。たまたまその日の特集が乳幼児虐待で、虐待をしてしまう母のインタビューに対してなんだかんだ言っていた。 私の仕事は普段から"虐待"により近い者たちを相手にすることが多いので、変な話なのだが"虐待"の話題など珍しさに欠いてしまっている。だけど、子どもがいないことで子育てから遠い彼にとっては、非日常的な行為であり、そんなことをする親はひどいと、そういう感情を抱く。それについては、もう仕方がないと分かっているから、私はあえて反論はしないのだけれど。
虐待の話題から自分の親の話になった。親父にかわいがってもらったという思い出がないと、彼は前々から言ってはいた。物は沢山与えられたと。それが、父親の生家が貧乏で欲しい物も買ってもらえない状況だった故に、息子には不憫な思いはさせたくないと買えるだけ買っていたという、そんなことを付け足していた。
俺は、親を捨てたんかな。
私の元に来る日に見た、車のバックミラーに映る年老いた父親と母親の姿を思い出したのか、彼はふいに涙を流した。脳梗塞で倒れ、言語障害と麻痺の残った父親を車椅子に乗せ、それを押す母親。確かその日は、父親の歯医者に行く日だったはずだ。
お前が、お前の親捨てられないのはわかってるんや。
彼が、親を捨てたという感覚になるのは、当たり前のこと。遠ければ支援などできない。支援できないということは、捨てたと言い換えられても仕方がない。意図しない感情で責められるのも受け止めたい。
だって私、それでもあなたを手放したくないと、絶対にしあわせにすると、そう思っているから。
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