人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2003年08月13日(水) 生きること、生むこと、育てること

抱きながら、泣きそうになったことも事実なのだけれど。

訪れたときの、同期の赤ちゃんは4ヵ月と19日。あやすと笑い、とてもかわいい容貌だった。よだれをたらしながら笑う富士山型の口元、むちむちのあご、薄く小さい乳首、おもちゃみたいに小さい手、輪ゴムをしたような手首、むっちりした太もも、皮膚の薄い足先。首すわりはあともう一歩だった。
同期の保健師仲間と代わる代わる回し回し抱っこし、みんなで同期宅でお茶をした。同期が愛飲している、ネットで見つけたという授乳・乳腺炎対策ブレンドのハーブティー。飲みやすい癖のないハーブティーで、おいしく飲めた。

就職1年目で授かったはじめての子どもは、計画的ではなかったけど生みたいと思って産んだ子であったと。出産がこんなにつらいものだと思わなかったと、産後の身体というのが想像以上に動かしにくいものだったと、気が狂いそうになったり産後うつ病になる気持ちが分かったと、誰一人として妊娠したことのない保健師たちに、知識はあっても経験のない話を聞かせてくれた。

乳児と母と父と友人たちと、なごやかで、やわらかくて、やさしくて、穏やかな時間。

乳腺炎にかかったり子どもの泣き声に悩まされたりと、産後の不安定な精神を、夫、親姉妹、行政保健師や民間助産婦をうまく使いながら子育てをしているひとりの女性。だけど、職場の理解は得られずに、産休中でも育休中でも「会議をするから来られるようなら来い」と、行かざるをえないような口調で呼び出されていると。そして、行けば行ったでいやみを言われたり。

結局、女性は"母"という地位を手にしてしまったら、本人の望む望まないに関わらず"母"の役割を押し付けられてしまうのだ。ひとりでは子育てはできないというのに、"生んだものは育てるべきだ。母が子を1番見るのは当然のことだ。子育ては母の仕事だ。だから、子を産んだら仕事は辞めろ"という価値観の元に。
そんな価値観が普通に横行している部署にいながら、しなやかに強くなっている彼女を感じた。

子どもの成長を見たいから仕事を辞めるとか3年育児休暇とるという手も、1日中子どもといるのは大変だからとか仕事は辞めたくないからと子どもを保育園に預けて働くという、そういう手も、みんなありだと思う。"母"が育てなければならない理由など、ない。"母"が育てなくても子は育つ。

自分なりの子育てを


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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