人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年06月14日(土) |
バカでもなれる職業に就きたい人たち |
看護婦ってバカでもなれる職業だよな。
って、昔、満員電車の中でおじさんが話しているのを聞いたことがある。私、看護学科の学生だった。少しだけ憤ったけれど、おじさんの言うことも一理あるな、と一瞬にして思った。だって、私も経緯はどうあれ、そのときには看護婦になろうと思っていたから。
今でこそ、看護の世界も4年制大学に移行しているけれども、昔は高校で看護学んで卒業後は准看護婦として働き、その後また1年2年夜間や昼間の学校に通いなおして正看護婦の免許を取得してきた人も多かった。専門学校出で看護婦になった人も多かった。そもそも、短大、大学に看護学科のあるところが少なかったのだからしょうがないし、時代が看護婦にそこまでの学歴を求めていなかったのだろう。 今は、専門学校も短大も大学も看護学科は結構な倍率。ただし、場所によるのだが。
バカの定義ってなんだろう? 知的に劣っているとか、知的には問題ないけれどもそれを使いこなせていないとか、生きる知恵的なところが劣っているとか、やることなすことが考えなしに見えるとか、色々ありすぎて広義なものだと思う。 電車の中でであったおじさま『バカ』の定義がどのへんにあるのかはわからないけれど、確かに今でもバカでもなれるみたい。 試験に受かって免許取得できれば、みんななれるみたい。医師と一緒で、勉強ができればいいみたい。その中身である人間性はともかくとして。
先日、看護学生さんが、うちの事務所に実習に来た。地域の医療・看護・福祉事業を知るため、にだ。 うちは職員の少ない職場なので、2年目だとか関係なく学生指導につく。私も今年度に入ってから数回、数人の学生を受け持ったのだが…。
もう疲れました。
きっと彼らの学校の先生のほうがもっと疲れているだろうし、ここまで理解してもらうのが精一杯だったんだろうなあ、と感じられ、私もほどほどのところでお教えすることを諦めた。
私、中・高校時代は理系科目がどん底だった。数学も理科も嫌いで、わけわかんなかった。だけど、高校時代の他科目の評価が高くてそのおかげで全体がよく見えた。だから、推薦で短大に入れてしまった。看護は理系の分類されているけれども、本当は文系の力のほうが求められているのだと思う。だって、短大に入ってからは理系科目の授業はとても少なかったから。よっぽど看護記録の方が大変だったから。いかに上手に簡潔に自分以外の人に何をしたかを伝える方が難しい。
勉強する気のない人に実習に来てもらっても迷惑。自分はこの仕事につかないし、興味ないけどカリキュラムに組み込まれていたから来ました、みたいなのは殴り飛ばしてやりたい。めったに見られない職場なんだから、とくと見てほしい。私は、最初は興味のなかった実習先も、それなりに勉強して興味持ったところを中心に実習させてもらった。 ところが、看護学科で1年次から「私、看護婦に向いてないかも」と友人や教員に言っていた唯一の学生であった私よりもひどい実習態度。 あんたが将来看護師として働いて、介護保険適応のお年寄りが退院となったら? 低体重の赤ちゃんが生まれたとしたら? どこと連携して地区に戻していくと思ってるのさ。
言ってもなんだか響かない学生さんたちだったので、私は溜め息を隠しつつ学生の実習の記録を手にした。今日の予定、目標、実習内容、実習の学びが書いてある、記録。指導者はそこにコメントしなければならない。 しかし、実習の学びの欄に「訪問に行った先のこどもが帰り際泣きながら『帰らないで』と言ってくれたことがうれしかった」なんてあったもんだから、私、憤死。 それはあんたの感想でしょうが!!! ここは学びの欄なのよ!!! 学校で何の説明受けてきたの?! と思ったが、同僚に「ああ、あそこの学生さんね…私も昔、『こんなきれいなところで働けていいなあと思いました』(※事務所が立て替えられたばかりのときだったらしい)って書かれてて、コメントに四苦八苦したなあ」なんて言われ、肩の力が抜けた。まじめに考えるのはやめた。
実習って色々あると思う。看護実習だとか教育実習だとか介護実習だとか。今は就職活動でも実習をさせるところもあるとも聞いた。 少し、学ぶ姿勢を正してきてほしい。特に、身内である看護師希望者には。 だって、こっちは通常業務を中断してまでお付き合いしているのだから。
今月末にもくるなんて、ストレス溜まりますわ。ふう。
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