人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年05月22日(木) |
本当に君がいてくれてよかったと、心から思う |
あのね、と彼におねだりする私。
親子の関係がうまくいっていたせいなのかもともとの性格なのか、うちの家族は、自分が寂しいときには寂しいと、口に出して言える。 家族内でたった一人の男性である父も、父の母が亡くなったとき、私の前で泣いた。プライドあるゆえに、彼は妻には涙を見せなかったけれど、今よりもっと幼なかった私の前で、泣いていた。
人のぬくもりが、無性に恋しくなることがある。安心できる相手とのふれあいを求め、時折、私は誰かに抱きついてしまう。 実家にいた頃は、主に妹にくっついていた。妹の、肉厚な手の平をもんでみたり、両足を抱えてみたりと、スキンシップしていた。哺乳類はアタッチメントを求める生き物、と理解していた彼女は、私が全身で抱きついたりしなければ私の気持ちを受け止めてくれた。 そのほか、母のふくらはぎを揺らしてみたり、肥満の父の胸をもんでみたりと、家族内でセクハラし放題だった。
悲しいことがあったり、急に寂しくなると、「ぎゅーってして」「さみしいからなぐさめて」と、私は彼に口で要求する。彼も彼で求められることと応えることがうれしいようで、大抵は聞き入れてくれる。
この半年、ひと月おかず、足しげく訪問していた老婆がついこの間亡くなってしまったと、今日、知った。 ごみ屋敷にひとりで住んでいて、被害妄想があって、親類との付き合いは悪くて、だけど、内臓疾患があって、だからいろんな関係機関がネット組んで見ていた人だった。 私には未だその気持ちは分からないけれど、自分の半分も生きていない子どもに名前で呼ばれるのは、とてもうれしくて優越感のあるものらしい。私にだけ「○○さんて呼んで」と名前で呼ばせ、他の人には先生と呼ばせていた彼女。 彼女が生きていた頃には、困った人だな、と思うこともあったのに、どうして、もう彼女がいないと知っただけで、こんなに悲しい気持ちになるんだろう?
すぐに、彼に「悲しいことがあったから、なぐさめて」とメールした。 明日になったら、私は彼に抱きしめられ、なぐさめてもらえる。
だから、それまで、少しだけ泣くのを我慢しようと思う。
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