| 2012年03月01日(木) |
14歳の絶望を忘れていない |
職場にて。 死生観がおかしいと昨日書いたが、その原因を考えてみた。
おそらく、14〜16歳頃の絶望感を今なお忘れ去っていないところが 原因と思われる。 人に相談するという発想そのものが欠如している上に、 趣味に逃げる小賢しい知恵もない頃。 状況と真摯に向き合った上で出した結論が自殺なのだった。 具体的な理由は学校での人間関係への絶望。ただの逃避ですね、つまり。
年齢を経た今、家族以外の人間関係の絶望は新たに感じなくなった。 自分の特性が理解できるようになったから。 心を開かない人間に何もなしえるものはない。 転勤くらいしか変化が無いし。
その代わり、母からのストレスがじわじわと降り積もっている。 愛はあまり与えてもらった覚えはないが、娘としての義務は果たせという。 具体的には、家事と金銭面双方の負担と、母の精神面のケア。 金を入れるだけで済むと思うなと言われたことはある。 ええ、私は薄情者です。父親似のだめな性格です。ごめんなさい。 嫁に行く甲斐性もございません。行きたくもありません。
まあ要するに、子供の頃からほぼ固定した環境ゆえ、 絶望に追い込まれた記憶も鮮明に残っているのだ。 で、バランスを崩すと精神状態が一気に十代に戻るのであった。 そして積み重ねた歳月を下から眺めて、こんなに長く生きたのか、 もう十分だよねと攻め立てるのだ。
以上、昼休みでは書ききれず勤務時間外にようやくまとめた。 こういうのも一種の厨二病のような気がする。
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