現在は職場。 前に書こうとして挫折したが、改めてまとめてみる。
どうにもこうにも、私には自分を信用することができない。 物忘れのよさは父譲りだし、何故そういう間違いをするのか 自分でもわからない大ポカをかます。 さらに口下手、かつ不器用。頭の回転も遅い。 思考回路にバグがあるというのが適切なような気がする。
性能が悪いうえ、さらに性格も悪い。外見は当然だが。 私を一言で言うと、内向的だが集中力に乏しい性格。つまり空虚。
親御さんには死なない程度に構っていただけたが、 愛されて育ったかというと、それは怪しい。 親御さんたちの世界があり、その外に自分がいるという 認識のある子供であった。殺伐としてるな。 夕食時には親御さん同士が話していて、子供は蚊帳の外だった。 それを虐待と呼ぶほどではないが、なぜか印象に残っている。
基本的に、うちの家族は全員自己中心的である。特に両親。 家族から信用されていないという実感はしみじみとある。 逆に自分はどうかというと、外の世界を自分以外の人が 回してくれているという意識があるため、そちらに丸投げ。 家族の連帯感というものは全く感じていない。義務は果たすが。
その代わり、自分の問題は基本的に自己処理。 だが、親御さんが口を出すこともままある。未だ子ども扱い。最悪だ。
そういう思考回路の人間がまがりなりにも社会の歯車になるのは、 それなりの苦労がいる。 自分が関わって物事を動かさねばならぬという当たり前のことを、 社会に出て初めて学んだ。
あとは人間関係。色々面倒くさい。 能動的に声などかけて、つながりを保っていかねばならぬ。 家でなら、とめどなくあふれ出る母や妹の話を聞くだけで済むが。 それもそれで、適切な対応をとり損ねて不機嫌な思いを させているというのに。 正直、他人となにがしかの縁を結ぶ余力など残っていない。 情と名のつくすべての関係性が、私にとってはファンタジー。
そんな性分ゆえ孤独がデフォルトだが、 たまに金とひきかえにステージ前の観客に混ざる。ライブ鑑賞のことだ。 そこにしか癒しがないというのも酷い話だが。 たしか「負け犬の遠吠え」にも、舞台鑑賞にいそしむ女たちの心理が 書いてあったと思う。現実から目をそらすための非日常、だったかな? きちんと生きていれば必要のない趣味なのかもしれない。本当は。
…なんだか長くなったので、とりあえずこのへんで。 言いたいことは「自分はひとり生きていかねばならない、家族を背負って」 ってことに尽きるような気もする。 家族の世話になりつつ、が実際のところかもしれないが。
今日の本 少年サンデー
|