一度だけの人生に
ひろ



 (続)呆然

29日の「呆然」、
思うままに、状況説明を抜きに書いた結果、
何があったのか読んでいる人には、
分からないだろうと思います。
実際、起こった出来事はたいしたことではないのです。

恋愛というのは
それは良いもので、(全く良いもので)
実際、それ自体を非難しようなんて、
ちっとも思っていませんし、できません。
ただ、今の大学生の(精神的)淫乱さ、
程度の低さ、頭が空っぽなことに
怒った・・・と言うよりも残念でならなかったのです。

僕には人のことを言える様な
立派な理想も、高邁な精神も無いのです。
それは分かっています。
けれども、それでも言わざるを得ない・・・。

「恋愛幻想」と言う
文章を数日前に書きましたが、
それを僕は今、改めて言いたい。
恋愛と言うものは、改めて言いますが、
それは良いもので、人生の中で出来うる限り、
何度でもしたいものです。
けれども、恋愛ができれば
淋しさ、苦しさ、辛さ、孤独、不安、
虚無感、それら全てが解消されると言うようなことは
決して、決して無い。
むしろしなくても良い苦労、淋しさ、不安、孤独、
虚無感を感じることもあるだろうし、
プラスマイナスゼロ、
あるいはマイナスにもなりかねないと思う。

それを忘れて、「男、男、男」と言って
毎日走り回るのはそれは「淫乱」と言うと思う。
淫乱とは何も肉体的なことばかりではない。
むしろ精神的な特徴を「淫乱」と呼ぶのだと思う。


僕が残念だと思ったことは、
所詮、大学とはこう言うことを
する場であって、これが「大学生」が
「最も良き時代」と言われる所以であるのでは
と思ったからです。

僕が恐れているのは
「これが大学生だ。」と
誰かが、あるいは今の現実が、黙示のうちにも
肯定して、胸を張っているのではないかと言うこと。

そしてこの延長線上に世間が、社会が、
人々の生活があるのではないかと言うこと。

青春とは焦燥と孤独の地獄だと
太宰が言っていた。
まさにその通りだと思う。
そしてそれは僕だけじゃない、
みんな、一人残らずみんなそうだ。
けれどもだからと言って・・・。



僕は今回のことで、少し確信を得た
「僕は昔、良い恋をした。」「よく人を想い得た。」
「僕には良い友人がいる。」
「そしてその友人を僕は愛している。」

実感である。

2003年11月01日(土)
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