一度だけの人生に
ひろ



 劣った子

みんな、何が楽しくて生きているのだろうと言う
疑問は、とても素朴で単純で、つまらないもの
なのかもしれないけれど、だからこそ
一番強く意識されて、一番強く迫ってくる。

「私、そんな、苦労に耐えて、
我慢してまで生きていきたくありません」
自分の思いをドラマの中の中学生が
言ったときに僕はドキッとした。
ドラマの中でも、その言葉に答えは返ってこなかった。


なんら誇ることの出来ない生活を
選んで生きていくことに、覚悟を決めたと
思っていたけれども、プライドを克服することは
至難のわざだ。
「いずれにしても、衆に優れてあらねばならぬ」
と言うような気持ちを、はっきりと
持っているわけではない。
ただ、その教育を受けたことと、
期待を受けたことと、重圧を感じていることは本当だ。

言葉も、期待ももはや無いのに、
重圧だけが残っている。独りよがりの重圧。

何が「衆に優れる」だろうか。
僕は、とうの昔から、衆に劣っているのだ。
いや、最初から、少なくとも、優れてなどいなかった。

それが分かっていても、ひどく劣った子、
ひどく劣った人間だと言うことを本当の意味で
自覚することは、耐え難く恐ろしいこと。



2003年08月28日(木)
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