一度だけの人生に
ひろ



 苦労人

この文章は寝不足の錯乱気味の頭脳で
思いつくままに書いたものです。
あまり真剣に読まれるとちょっとあれかも・・・^^;

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苦労人曰く、
「いい気なものだ」
この一言は、とても強い。
この一言を言われると、僕ら、何にもいえなくなる。
でもきっと苦労して苦労して苦労して、
その上で、今と同じことを言ったり思ったりしても、
どこかに必ず「苦労人」が居て「いい気なものだ」と
僕らを揶揄するのじゃないだろうか・・・。

だから、
僕らはとにかく社会の、世間の通りの良い価値観と
欲と、ごまかしと、図々しさと、
つまり世渡りの術を身につけないといけない。
「大人」が「幼い」とか「いい気」とか言う
今の僕らの考え、不安、苦しさ、
そんなものはもしかしたら、その世渡りの術を
身につけたら、感じなくなるのかもしれない。
それは、わからない。
もし、無くならなくても、その不安、懊悩、辛さは
ひた隠しに隠していかなければならない。

そんなものか?本当か?


僕はたびたびこの日記で、
自己肯定の強い人を非難したことがあったが、
思うに、人を非難するなんて、凄まじい自己肯定。

こんな感じで八方ふさがり。どうになりません。
何をどうしたって後悔が、悔恨がついて回る。
そのうちで、もっとも強い後悔は
「何もしなかった」という後悔。

何か、あるような気がするのだけれど、
僕にも何かあるような気がするのだけれど・・・。
僕にも、何か目指したいもの、
つかみとりたいものがあるような気がするのだけれど・・・。

美しい生き方とはなんだろう?
それは、分かってる・・・と思う。
僕だけじゃなくて、みんな、何が美しくて、
何が醜いのか確かに分かってると思う。
美しい生き方。
太宰曰く、キリストの孤独。寂しさ。辛さ。

「なんぢら斷食だんじきするとき、偽善者のごとく、
悲しき面容おももちをすな。彼らは斷食することを
人に顯さんとて、その顔色を害ふなり。」

ここを超えられれば・・・。


なんとなく「雨にも負けず」にも通じているような・・・。

「雨にもまけず 風にもまけず
 雪にも夏の暑さにもまけぬ
 丈夫なからだをもち
 欲はなく 決して怒らず
 いつもしずかにわらっている
 一日に玄米四合と
 味噌と少しの野菜をたべ
 あらゆることを
 じぶんをかんじょうに入れずに
 よくみききしわかり
 そしてわすれず
 野原の松の林の蔭の
 小さな萓ぶきの小屋にいて
 東に病気のこどもあれば
 行って看病してやり
 西につかれた母あれば
 行ってその稲の束を負い
 南に死にそうな人あれば
 行ってこわがらなくてもいいといい
 北にけんかやそしょうがあれば
 つまらないからやめろといい
 ひでりのときはなみだをながし
 さむさのなつはオロオロあるき
 みんなにデクノボーとよばれ
 ほめられもせず
 くにもされず
 そういうものに
 わたしはなりたい」

宮沢賢治『雨にも負けず』


2003年04月18日(金)
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