一度だけの人生に
ひろ



 誤解の説明

説明して分かってもらうと言うのは、
なんともやりきれない、甲斐のない努力のような気もする。

言葉、つまり声で伝えてもそんなもので、
ましてや文章なんて・・・。
一つの想いの説明を
しようと試みると、ああこれは誤解だ、
この言葉は説明しないと・・・、ああ、あれも書いておかないと
伝わらない。などと、この日記の一日分の容量じゃ
とても足りないくらいになってしまう。

この日記にも一度「memories」と言う題で、
自分の人生を振り返ろうという試みを行ったのだけど、
一回目だけで、二回目以降は書いていない。
それは、確かに自分の気無精な性格が
禍していると言うこともあるのだけれど、
それよりも、書いていて、これはきりがないと言う
想いにかられたからです。書こうと思えば
書けるのだけれど、どうしても伝わらないものがある。
不可解な点があるものにしかならないような気がしたのです。
回想の説明しなければならない。説明に使った言葉の説明。
きりがない。

その人の理解にピッタリ来るような言葉が
僕に分かったら良いのだけれど・・・。

何か、何か短い言葉で
上手く言えたら良いのだけれど、
といつも考えています。
そして考えついたのが、

「腹を空かせている人の前で、
平気でご飯を食べられるようになりたい」

もちろん、比喩です。


上の言葉も、この日記に今まで
書いてきた文章も、僕の悩みや辛さの一部です。
一つ一つ、全部が繋がっているのは確かなんですけど・・・。


2002年11月26日(火)
初日 最新 目次 MAIL