 |
 |
■■■
■■
■ 嫉妬か怒りか好みかむかつき
「飾り言葉」の ように最近自分の文章、 他人の文章がやけに気になる。
自分は哲学系中心の 勉強をしているんだけれど、 この世の中に哲学の本ほど おもしろくないものはないと思っている。 その理由の7割か8割は翻訳に責任がある。 つまり言葉の使い方の問題。
当然のことを、ことさら難しい言葉で 書いて、かえって理解できないように しているような気がする。
「雄弁」 論理的な印象を人に与える様子。 〔内容は必ずしも伴うことを要しない〕
雄弁・・・雄弁の文章なんだ。 イヤな文章です。 でも、哲学の本ならば 雄弁のばかりのようであっても 結局は雄弁だけではないです。 内容は、やはりそれなりのものがあるのですから。
しかし、時々本当に雄弁だけの文章を 目にすることがあって、イヤになります。 ことさら難しい言葉を使いたがり、 論理的なように見せかけて、内容は 取るに足らないものだったり、 意味不明だったり・・・。
好みの問題かもしれません。
自分は取り繕った見せかけの文章が、 鼻持ちならないのです。 どうしても、きざな感じがして、 どんな内容でも、とても読んでられないのです。
文章全体に自己陶酔の匂いが充満していて、 もしかして、この人は自分で書いていて、 自分の文章にウットリしているんじゃないかと 思うと、もう・・・。
「出来るだけ自然な単純さの内に 留まるべきで、小さなことを大きくしたり、 大きなことを小さくしてはならない。 ことがらが美しいだけでは十分でない。 その事柄が主題に叶っていなければならない。 余計なものや不足のものがないようにしなければ ならない。」
パスカル『パンセ』断章15附録
2002年09月11日(水)
|
|
 |