妄言読書日記
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※ネタバレしています
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| 2008年03月29日(土) |
『福音の少年』(小) |
【あさのあつこ 角川文庫】
今、ふとどうしてこのタイトルなのかが気になった。 主人公である二人の少年のどちらも、福音をもたらすような子ではなかったような気がするし、誰に対しての福音なのか。 少年は二人のうちどちらをさしているのか、あるいは両方なのか。 陽の声のことをさすとしたら、福音をもたらされるのは明帆だったのか。
端的に説明すれば、一人の少女の焼死事件を追う、幼馴染と恋人の少年二人の物語なのだけれど、そういう理解ではどこか違和感が残るし、読み終わっても到底納得できない話だと思う。 二人が藍子の死の謎を追うのは、二人が藍子の死を悼んでいるからでも、犯人を憎んでいるからでもなく、他者に支配されることの反発に他ならなく、そういう点でこの二人は共通してる。 あさの作品はいつもたった一つのことしかいっていない。 決め付けられることを拒み、空虚な言葉を絶対に認めない。 あさのさんの年齢になってもなお、他者から押し付けられるものにこんなに敏感で厳しいというのは素直に毎回感動する。 そのせいで、たとえ文章があけすけすぎていたり、直截的過ぎるように感じるとしても。
いつものようにとても力強く、密度の濃い話しだったと思うのだけど、どこかに不満が残る理由のひとつは、主人公二人の差異があまりはっきりしなかったことのような気がする。 似ている、と描写されるから、似ている部分はあってもいいのだけど、バッテリーにしろ、No.6にしろ、MANZAIにしろ、真逆の二人が主人公で、お互いに反発したり惹かれたりする理由が見えやすかったのに比べて、やっぱりわかりにくい。 たぶん、今回はわざと似た二人にしたのだとは思うのだけど。
だけど、最後の最後で明帆と陽は別の選択をするわけで、どこでその差異が出るのかが見えづらかった。 どうして明帆は一人で決着をつけようとしたのか、どうして陽がそう思わなかったのか。 ラストがばたばたっと展開しすぎたのかもしれない。 あとは最後まで、藍子が何を考えて、どうしてそんなことをしていたのかが、わかるようでわからないことも、すっきりしない要因だと思う。
満点な出来ではないのだけれど、それはそれで私は好きでした。 でも、たまに、普通の友情でもいいんだよ、あさの先生。
「薄桃色の一瞬に」で、ようやく藍子がちょっと見えて、ようやく藍子という少女の死を悲しく思えた。 あさのさんの書く女の子たちの友情もとてもよいと思う。
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