妄言読書日記
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※ネタバレしています
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| 2006年11月09日(木) |
『DEATHNOTE The Last name』(映) |
【監督:金子修介 日本】
お待ちしてましたの後編です。 前編を観た時は、どうしようかと思いましたが(主にエキストラが!)、思いのほかきれいにうまくまとめて、お、と言う感じ。 ほんと、心配してたんですよ。 後編もそりゃ、エキストラが微妙なことに変わりなかったですが、登場するシーンが減りましたし。
前編を観た人は失望せずに、後編も観てやってくださいな。 意外といけるから。 前編観てない人は…、さらっとおさらい程度に誰かに粗筋聞いたらいいかも?
原作で、後半になればなるほど、ストーリーに置いてけぼりを食った、私としては映画のすっきりダイジェスト気味のシナリオの方が好きだったかもしれない。
以下は原作映画共々ネタバレしていきます。ご注意!
金子監督が、「原作には大人の視点がなかった」という指摘にとても納得。 原作での月の最期になんとなーく納得行かなかったのが、映画版の最期を見て「これだ!」と急に腑に落ちたのもその辺の理由かもしれません。 原作で月が死ぬ時って、月にとって近しい存在の人はみんな死んでいて、キラであることを突きつけるニアだの捜査本部の人たちの言葉は月にとって凄く遠い言葉のように思えて、それじゃあ月はただただ悔しさの中で死んでいっただけじゃないのかなぁと思ったものです。 多分、痛みのようなものはなかったんじゃないかな、と。
それで、映画版で、総一郎パパが「お前は正しくない」と言ったとき、それだ!それを聞きたかった!と凄く納得したしだいなわけです。 まあ、映画版総一郎がやたら強いオーラ出してたので、ただで死なないような気はしてましたが(つーか死んでないし) 原作よりもパパの影響受けてたらしい月だからこそ、可能な流れ、なんですけれどもね。
あと、Lね。Lのデスノートの使い方が上手かったね。 まあ、おかげさまで原作ではショックは受けても泣きはしなかったのに、泣いちゃったよ。総一郎とLの最後のやりとりで。
それにしても何にしても、藤原版月のキモさは半端ないね!(褒めてる) 原作の月も大概キモいですけれど、藤原版はキモイに特化してる。 いやー、あのキモさを表現できるものなのだろうか、と思っていたのですが、お見事です。お見事すぎて、今後ずっと藤原竜也が月に見えないことを祈りますが。
松山ケンイチのLは後編も甘いもの食べまくりで、ようがんばった!可愛かった!くずきりもぎゅもぎゅ食べてる所とか、角砂糖頬張っているところとか、うずまきキャンディー持ってるところとか。 そして、ひょっとこ。
細かいところはきりが無いのでこの辺で。 漫画の映像化という観点から見ると、概ね成功といえるのではないでしょうか。 映画としては、まあ、エキストラまでもう少し気を使ってくれればあんなに安っぽくならなかったのになーと思います。 続編はいらないので勘弁してください。
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