だいありー

2007年02月13日(火) ハゼ兄ちゃんとの出会い

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  今は少し元気です。
  今週からやっとお正月からの日記から
  書く予定だったのですが、それだと
  今回の凹み日記はだいぶ後になって
  しまうので、ショックな出来事日記を
  先に書きます。
  そして、キリのよい“お正月“からの
  日記は、改めて後日うしろに
  書いて行きます。
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先日の日記に少し書いたけれど、
もう少し詳しく書こうと思う。

今でも「男」となってママを守ろうと
しているぱんちゃん。
Kさんに言われました。

「いつも不思議に思っていたのよ。
ぱんちゃんはどうしてそんなに
親を守ろうと身体を張って無理をして
いるんだろう?って。
私が見てもそう見えるし、周りが見ても
皆そう言うの。
“あの子、自分の幸せを掴もうとか、
幸せになろうとか思っていないんじゃ
ないか?“ って。
もうそろそろ親を守るのは過剰にならないで
いいんじゃない?」


ぱんちゃんは恐らく自分で思っている以上に
周りから、(普段から)男のような性格で
強い子だと思われているのだろうと思う。
もちろん、精神的な強さも持っています。
けれども、パパが亡くなってからというもの
今でも時折パパの夢を見ます。

一生懸命に介護した人、とりわけ妻は
不思議な事に心残りが無いせいか
亡くなった旦那さんの夢を見る事は
無いという。ぱんちゃんママもそうです。
でも、ぱんちゃんは時々見ます。
けど、その夢は、自分がパパの介護を
してきた出来事(実際にあったこと)を
夢で見ます。
まるでビデオを観ているように。
そういう時、無性にパパに会いたくなります。

昼間にお骨になって帰って来たパパ。
パパの親戚がホテルに泊まる関係で、
叔母(ママの妹)とママは一緒に
ホテルに泊まった。
だから、ぱんちゃんはパパのお骨と共に
夜、家に帰って来て一晩パパと共に
2人きりで過ごした。
それまでずっと「人前では泣かない」
とりわけ「ママとパパの前では涙は見せない」
と誓ったぱんちゃんは、昼間に焼かれたのに
まだ温かいパパの骨壷を抱いて、
「もういいよね?」と号泣した。
パパを助けてあげるんだ!と思い、
パパが助かるのならば、自分の寿命が
半分になろうとも構わないと思いながら、
癌と闘って来たのに、結果は惨敗だった。
命を持って行かれてしまった。
「助けてあげられなくてごめんね」
「私の命を分けてあげられなくてごめんね」

そう言って泣いたのです。
その後、ママの前でも人前でもヒョウヒョウと
何事も無かったように過ごして来てはいたものの、
三回忌を過ぎた今でもパパに会いたいし、
パパが恋しいのです。
血のつながりの無い娘でも、私にとっては
育ててくれたパパがパパなのです。
だから凄く会いたいのです。
自分が必死で背負って来た事に、
崩れそうになった時も多い。
今はもう慣れちゃったから大丈夫なんだけど。

毎日仕事があるから、朝起きて会社に行って、
仕事して、残業して、帰って来て、ご飯食べて、
お風呂に入って、仏壇でメソメソ泣いてから
自室のPCでwebで日記を付けて寝る。
月曜日から金曜日はこれが生活の全てで、
日課でした。
最初の頃は土日になると、気が付くと病院に
行く支度をしていた事もあった。
身体(頭)から病院に行く支度をする習慣が
抜けると、何もする事が無くて、
それまでネットの友達も含めて友達との
縁を断ってしまっていた事もあって、
食事に行く元気も、勇気も無かった。
全てにおいて億劫だった。
H氏と親しくなってからは彼は男だから
(中年の気の良いおっちゃん)
何だかパパが戻って来たような気持ちでいた。
楽しかった。
そんな時、ふと思い立って横そごへ行った。
それまでは横そごなんて殆ど行かず、
何処に何が売っているのかも判らなかった。
(今では信じられないけどね)
金曜日の夜に横そごへ行く事を思い立ったのです。
それはある年(今の会社で働くようになった
最初の年)の10月の3連休の最終日に
月曜日に初めて会社の人を連れてKさんちに
ランチを食べに行く事になりました。
それで、その3日前の連休前の金曜日に
ワインが大好きなKさんへのお土産に
買おうと思って初めてエノ*カに足を
踏み入れたのです。
そのエノ*カの紅茶側の入り口は、
いかにも高級そうで、場違いな気がしたので
チーズ屋側から入りました。
ぱんちゃんがいつもチーズ屋側から入るのは
それが理由で、今でも紅茶側からの
出入りは嫌いで全くといって良いほど
使いません。

8時スレスレにエノ*カに入ったものの、
全てラベルが横文字だったから、全く判らず。
Kさんに持って行く予定だったワインだから
適当には買えず、黒い瓶に入ってる白だと
見分けが付かないから困ってしまった。
デパート終了間近だったから、
お客はいないけれども、店員もその時には
いなくて、困って下の棚を見る為に
蹲っていたぱんちゃん。
そこに戻ってきた(?)店員が
ハゼ兄ちゃんでした。
蹲っていたから具合が悪くなったと
勘違いしたのでしょうか、
「大丈夫ですか?」
と、声を掛けられました。
それからKさんちのランチの後、
会社の人と3人で横そご美術館に来ていた
ナポレオン展を見、美術館に入る前に
エノ*カに3人で寄りました。
その時にまだぱんちゃんは店員の顔を
全く覚えていなかったんですけど、
ハゼ兄ちゃんはシッカリ顔を覚えて
くれていて、「こんにちは」と、
ワインを買って出て行こうとする
ぱんちゃんに声をかけてくれたのでした。
それ以来、エノ*カへ行くと必ず
ハゼ兄ちゃんが対応してくれていて、
凄く安心だったのでした。
(当時はハゼ兄ちゃん、30代半ばだと
ばかり思っていた)
常に誰に対してもお客の顔と前回何の
ワインを買ったのか、どんなワインを
好んで買うのかを把握(覚えるのが凄く速い)
していているのには驚いたし、
嬉しかったのを良く覚えている。

そして。
エノ*カに通うようになったのは、
ハゼ兄ちゃんのおかげなんですね。
彼もまたワインに関する資格は持ってないらしい。
けれども舌の肥えた人で、彼が選んだ物は
Kさんが絶賛するのだから本物だと思います。
だからぱんちゃんはハゼ兄ちゃんを1番
信用していたのです。
氷川兄ちゃんよりも実はハゼ兄ちゃんの舌を
ぱんちゃんは信用していたんです。

そしてエノ*カに通うのは、
お店の雰囲気(照明)、スタッフ内の雰囲気、
そしてお店の内装が凄く心地よくて、
ぱんちゃんに取っては「癒し」でした。
気が付けば、ハゼ兄ちゃん・氷川兄ちゃん・
チビ姉ちゃん・デカ姉ちゃんと親しく
お話をさせて頂いていて、それも商品がらみ
だけじゃなかったし、かといって
プライベートに入り込んで来るような
話題も無く、とても心地よい空間でした。
もちろん、チビ姉ちゃんが苦手だの、
店長もちょっと苦手だのとは思いつつも、
基本的には本当に心が落ち着く場所でした。
そしてとりわけハゼ兄ちゃん・
氷川兄ちゃんの存在は、ぱんちゃんの「癒し」の
一部だったと思う。
デカ姉ちゃんもとても可愛い子なので、
今後は彼女がぱんちゃんの「癒し」に
なるだろうと思う。
今の時点で兄2人の仲間入りしているから。
そして気が付いたら、パパの遺影の前で
メソメソと泣く習慣が無くなっていた。
それに気が付いたのは、昨年の春頃だったと思う。
だからもしかしたら年が明ける前から
泣いてなかったのかもしれない。

そんな2人が次々に辞めてしまうのは
本当に寂しいですね。


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